彼女の髪はカモミール : 南の国では栽培できない薬草を求めて、アメリアは時折東の国へと赴く。商人から手に入れても良いのだけれど、散歩がてらに向かい自ら探すことも好んでいた。南の国とはまた異なる気候の、樹々が覆い茂る森は気を抜くと彷徨いそうな程ではあるけれど、魔女であるアメリアにとってはあまり関係のないことで、なによりこの森にはアメリアの友人も暮らしているのだから尚のこと心配はない。決して数は多くないけれど、何度か家を訪ねたことはあるのだ。 森へ入るには適しているとは言えない、真白いワンピースをふわりふわりと揺らしながら森へと入る。人が歩けるようにと幾らか整えられた道を歩いていれば、時折道端や少し逸れたところに薬草が生えているのが目につく。東の国で育ちやすいもの、商人からは買えないものなどを少しばかり摘んで持参していたバスケットへと入れていく。すぐには傷まないようにと魔法をかけながら丁寧に摘んでいけば、小さなバスケットは満たされてアメリアも満足そうに表情を綻ばせる。薬草を摘み終わってからも道なりに進んでいけば、森の奥にひっそりと建てられた家が見えてくる。こんこん、と小さくノックをすれば数秒の後にゆっくりと扉が開かれていく。 「こんにちは、ハウヴェル様」 「アメリア、こちらへ来ていたのね。いらっしゃい」 肩口でざんばらに切られたような髪に、相変わらず目元には薄い隈が残っている友人の姿にアメリアは眉を下げる。いつ頃だったか、もう何年も前の出来事でアメリアは覚えてはいないけれど。この森で出会ったハウヴェルは、水面に映した月明かりのように揺らめく綺麗な髪をしていたのだけれど、今は見る影もない。仕方がないことだとしても、あの綺麗な髪をもう一度と思ってしまうことも仕方がない。ハウヴェルに招かれて家の中へと入れば、森の香りに混ざってインクの匂いが広がっていた。 「少し待っていてね、お茶を入れるわ」 「まって、ハウヴェル様。今日はわたしがいれたいの、美味しいハーブティーを用意したのよ」 「そう?ならお願いしようかしら」 「うふふ、魔法瓶にいれてきたからすぐに用意できるわ。……《ディア・ヴラトゥリア》」 バスケットを開きながら魔法を唱えれば、アメリアが髪に飾っているシルクのリボンがきらきらと輝きだす。透明な魔法瓶とティーカップがバスケットから浮かび上がり、空中でティーカップの中へとハーブティーを注ぎながら音もなくテーブルへと並べられる。ほんのりと湯気がたち、しっかりと保温がされていることがわかる。 「魔法でしっかりと保温をしていたから、まだ温かいわ。クッキーも用意したのよ、ハウヴェル様がいてよかった、一人でピクニックをするところだったもの」 「ありがとう、まあ、大体ここにいるけれどね」 「それでも、よ。ねえハウヴェル様、お茶をしましょう?」 ふわりと優しく漂うハーブの香り、飲みやすく落ち着く味に僅かに双眸を細めるハウヴェルの姿を見て、アメリアは安心したように息を吐く。アメリアは『彼』以外のことや小難しいことを考えるのは少しばかり苦手で、ハウヴェルや南にいるジュリはアメリアよりも長く生きている魔女でもあるから、どんなに親しくしていても分からないことは沢山ある。彼女たちの周りにいる魔法使いたちは事情を知っているのだと思うと、もどかしく思うときもあるけれど、深く知らないからといって心配をしない理由にはならない。アメリアは冷えた指先をティーカップで温めながら、手首へと溶けて消えたおまじないを思い出して頬を緩ませる。 「わたしね、いつも眠る前はカモミールを飲むの」 「そう、どうして飲むのかしら」 「前にお話ししたでしょう、『彼』の夢を見るって。わたしはあの人の名前も居場所も知らないけれど、夢でなら何度だって逢えるの。カモミールを飲めばぐっすりと眠れて、長く『彼』と居られる気がするのよ」 「ああ、アメリアが恋をしている方ね」 「うふふ、ええ。それに、ハウヴェル様がおまじないをかけてくれたでしょう?また逢えますように、って」 「残念ながらまだ効力はないみたいだけれど、ね」 申し訳なさそうに眉を下げるハウヴェルに、アメリアは慌てて首を振る。そのような表情をさせたくて、話したわけではないのだから。いつしかのおまじないは、アメリアが夢を見て生きる中で心の支えのひとつになっている。大事なものだ。 「このおまじないがあるから何度だって逢えて、いつか実際に逢えると信じていられるのよ。それでね、わたしもおまじないをしてみたの」 「アメリアが?どんなおまじないをしたの?」 「あのね、ハウヴェル様がよく眠れますようにって心をこめてカモミールをいれてみたの。また隈が濃くなっているんだもの」 指先でとんとんと自らの目の下を指して、アメリアはまだ十分に温かいハーブティーをひとくち飲んだ。目を逸らしながらも小さくありがとうと呟くハウヴェルの姿は、年上だとしても可愛らしく思えてしまいアメリアも思わず微笑んでしまう。南の国にはいない静かな雰囲気で謎が多いけれども、『彼』の話を真摯に聞いてくれたりおまじないをかけてくれたり、そんな優しい魔女のことをアメリアは殊更に好んでいる。だから、ハウヴェルの夢がやさしいものでありますようにと願わずにはいられないのだ。 |