実技で手合わせの授業があるのは、忍たまもくのたまも変わらない。久遠は手元にある鎖鎌を握りながら、番号を呼ばれて輪の中央に向かった海を見つめる。そして、海と対峙する相手を見て、眉間にしわを寄せた。あまり良くない予感がする。
普段は優しくて穏やかな海だけれど、ある一点においてはその残忍さを覗かせることを、久遠は同室になってからの四年と少しで知っていた。純粋がゆえに残忍なその姿を幾度か見たことがあるけれど、出来れば見たくはない。けれど、海と対峙する彼女はその一点を踏み抜く可能性があった。なぜなら彼女は……。
*
「ねぇ、私が勝ったら尾浜君。私にくれない?」
「……え?」
「彼、素敵よね。尾浜君は貴女といるより、私といたほうが良いと思うのよ。わかる?」
こてりと首をかしげる女を、海は目を丸くさせながら見つめることしかできない。いったい何を言っているのかな、疑問ばかりが頭に浮かんでは消える。不思議そうな顔をする海に、女は美しい笑みを作り赤い唇をゆっくりと開いた。
「きっと、貴女みたいな冴えない女といるより幸せになれるわ。尾浜君の隣に立つのは、私よ」
ゆっくりと、女の言葉を飲み込んでいく海から、表情が消えていく。離れたところから見守っていた久遠は、思わず頭を抱えるように額に手を当てた。他にも幾人か、同じような動作をするくのたまがいるところを見ると、彼女たちもなにかを察したのだろう。表情が消えたのはほんの一瞬、海は花が綻ぶように柔らかな笑みを浮かべると、先生の合図を待った。
勘ちゃんが彼女を選び、私と離れることを望むならまだしも、勘ちゃんの言葉を騙るなんて許せない。私と勘ちゃんを離そうとするだなんて、なんてかわいそう。きっとこの人は頭がおかしくなってしまったのね。早く治してあげないと。
始め、の合図とともに地を蹴った海は懐から取り出した鉄扇を一閃。細い首を狙って繰り出された鉄扇を、防ぐように現れた苦無を弾き飛ばした威力に、女は後方に飛び退き距離をとった。女の頬を汗が伝う。追撃することなく、緩く首を傾げる海の姿に心臓が跳ねた。
「あな、た」
「……どうしたの?来ないなら、私から行くけれど」
唇を噛んだ女が、幾本の苦無を打ちながら地を蹴った。体を捻り、鉄扇で弾き。女が打った苦無がすべて地に転がる。無傷の海に手刀を繰り出すも、肘に鉄扇を添えられて軌道を逸らされる。無慈悲にも振り下ろされた鉄扇が、女の頬を打った。受け身を取りながら転がる女に、海の頬は淡く色づいた。女の美しい顔が裂け、赤黒く腫れていく。
「……あ、はぁ…」
「っ、なに笑ってるのよ!」
「だめ、だめだよ。だぁめ。勘ちゃんの隣に立ちたいなら私に勝って、私を殺して、私の分まで勘ちゃんを守ってくれないと、ね?」
まるで睦言のように紡がれていく言葉に、女の顔が色を失っていく。海が打った苦無が、女の掌を地面に縫い付けた。短い悲鳴があがる。ゆらゆらと近づく海から女は逃れることができない。戦いの行方を静かに見守っていた久遠は、これ以上は危険だと、傍に立つ先生に声をかけた。
終わりの合図が響く。ああ終わっちゃった、と残念そうに笑む姿に、女は異様なものを見たと震えながら後退る。肩に触れた手に驚いて振り返れば、久遠がそっと首を振っていた。