月が雲に隠れ、辺りが暗闇に包まれた頃、森の中を駆ける無数の影があった。先頭を走る二つの影は、学園を卒業後に城勤めになった海と勘右衛門だった。

「くそ…っしつこいな!」
「ほんと、にね…っ」

後方を見遣り、短い言葉を交わす。どうしてこうなったのか、考えても仕方のないことだとわかっていても考えてしまう。今回の二人の任務は、自身らが所属する城と敵対しているとある城から巻物を奪うことだった。長年一緒にいた二人は互いのことを熟知しており、阿吽の呼吸で見事巻物は奪えたのだけれど、城から脱出する際に敵の忍に見つかってしまった。それからずっと、走り続けている。
勘右衛門は、隣を走る海を横目に見る。その視線に気づいたのか、海は濃い疲労の色が浮かぶ顔に無理矢理笑みを作り、勘右衛門を見上げた。その顔色は悪く、呼吸も荒い。

「ねぇ、海」
「げほっ…な、に?」
「俺が足止めするから、先に行って」
「……えっ?」

そう言って足を止めた勘右衛門に、海は呆然と立ち竦む。――そうだ、俺が海を護らなきゃ。そう思って、口布をしているから海にはわからないだろうが、勘右衛門は優しく微笑んだ。
行け、そう言おうとした時視界の隅を何かが横切る。それが何かなんて、確認している暇はない。勘右衛門はただ本能的に危ないと感じ、そのまま海を抱え地面に転がった。瞬間、勘右衛門の胸に鋭い痛みが走る。ぬるりとした胸元の感触、鼻を掠める強い血の香りに傷を負ったことがわかった。胸の傷口や口から血が溢れ出る。なんとか身体を転がし海の上からどくけれど、どうやら思っていたよりも傷が深いらしく立つことができない。
その傷に自嘲した笑みを浮かべた勘右衛門が海を見るが、どうやら見た限りでは怪我はない。安堵し息をついた勘右衛門に、我に返った海がふらふらと歩み寄る。上半身を腕に抱きかかえられ、その反動に勘右衛門は顔をしかめるが、ぽたぽたと顔に降ってくるものに苦笑した。

「は、な…に、泣いて、の…っ」
「かん、ちゃ……!」
「追っ手、きて…から、にげ…っ」

涙を拭ってやりたいのに腕が上がらない。逃げろと伝えたいのに喉を競り上がってきたものが邪魔をする。死ぬかもしれない恐怖よりも、海が逃げない焦りばかりが勘右衛門を襲った。
倒れたときに解けたのか、顔を隠していた口布がずれて血の気を失った青白い顔が見えている。だんだんと身体が冷たくなり、呼吸がか細くなる勘右衛門の姿に、海は目の前が真っ暗になった。――今更追っ手なんて、どうでもいい。私が死ぬのは、勘ちゃんが死ぬとき。幼い頃からそう決めていた。

海はゆっくりと腕を動かし苦無を手にとる。そのひんやりとした感触に、海の口元は歪な笑みをかたどった。そっと身体を傾け、膝の上で音にすらなっていない呼吸を繰り返す勘右衛門に優しく口づける。勘右衛門の口元についていた血が海の唇を濡らし、どこか妖艶に見せた。――ああ、早くしないと邪魔されちゃう。

「…また、ね」

そう言ってふわりと顔を綻ばせた海は、手にした苦無を自身の首にあて一気に引いた。勢いよく吹き出た生温かい血潮が勘右衛門を、辺りの木や葉を濡らす。事切れた海の身体は、膝に乗せた勘右衛門を隠すようにして倒れた。微かに見えていた視界でそれを見ていた勘右衛門は一筋の涙を流し、目を閉じた。

――どうかまた、来世で。