ずっと、不安だった。触れ合ったのは、高校のときの一度きりで。たまにキスをするのに、勘ちゃんは何も言ってはくれない。不安で、私たちの関係はなにって、尋ねようとしたこともあった。でも、優しい笑顔を向けられると何も言えなかった。大学に入学しても、卒業しても。私たちはずっと幼馴染で、関係が変わることはなかった。
久しぶりに会おう、という沙子とカフェで会うことになった。随分久しぶりに会った気がするけれど、沙子はやっぱり変わらない。でも、どこか綺麗になった気がするのは、やっぱりその指に光る指輪のおかげなのだろうか。
「最近、尾浜くんとはどうなの?」
なんて、首をかしげる沙子に曖昧に笑う。どうなんだろう、私にもわからない。勘ちゃんがなにを考えているのか、わからないの。笑顔を曇らせる沙子に、弱音をぐっと飲み込んだ。
「大丈夫だよ。ね、沙子。そんなことより、竹谷くんとはどうなの?」
少し強引かもしれないけれど、私はやっぱり沙子の笑顔が見たい。照れながら、幸せそうに竹谷君のことを話す、沙子が見たい。
*
夕方になって、沙子と別れる。いつもと違う道を歩くのは、少し新鮮だ。今日は、この春から社会人の仲間入りをして、一人暮らしを始めることになった勘ちゃんのところに行くのだ。途中スーパーに寄って、いくつか買った食材が重い。なんて、足取りが重い理由くらい、本当はわかっているのだけれど。
「……ついた」
着いてしまった。男の一人暮らしにしてはセキュリティがしっかりしているように見えるマンションに、勘ちゃんの家はこんなに過保護だったか、と首をかしげる。後で聞いてみようか、なんて思いながらドアを開けてもらって中に入る。数週間ぶりに見た勘ちゃんに、どきりと胸が高鳴る。いらっしゃい、と笑う勘ちゃんに袋の持ち手をぎゅっと握った。
「今から作るね」
いつものように、ちゃんと笑えているかな。
トン、トンと。リズムよく音を立てながら野菜を切っていく。料理は昔からしていたし、勘ちゃんも食べたことはあるから、味は問題ないはず。じゃがいもを切って、次はにんじん、と。にんじんに手を伸ばしながら、ふと思ったことを問いかけてみる。
「そういえば、一人暮らしにしては広くない?」
「え?ああ、二人暮らしだよ?」
「え、そうなの?だったら私、帰ったほうがいいんじゃないの?」
真っ先に頭に浮かんだのは、勘ちゃんのお母さんで、私がいたら邪魔になるんじゃないかと思って尋ねる。けれど、予想もしていなかった勘ちゃんの返答に、持っていたにんじんを床に落としてしまった。
「何か勘違いしてない?海と住むんだけど」
「……へ?」
「どったの……って、ああ!」
勘ちゃんが言ったことが、理解できなかった。だって、今までそんな話したことがなかったもの。ぐちゃぐちゃと混乱する思考の中、突然上がった勘ちゃんの声に、思いきり肩を震わせる。
「そういえば、言ってなかった……」
「かん、ちゃん?」
「俺と結婚しようよ、海。仕事が始まったら、今まで以上に会えなくなるんだよ?俺、そんなの嫌だ」
「なに、言って……い、今まで何も言わなかったじゃない。そんな急に、」
みっともなく震える声。少しでも気を抜いたら、泣いてしまいそうだ。泣き喚いて、感情をそのままぶつけてしまいそうだった。
「俺は、海と一緒にしたいよ。海は違う?」
勘ちゃんの瞳にまっすぐ見つめられる。ぎゅっとくちびるを噛んで、首を横に振る。私だって、叶うなら勘ちゃんとずっと一緒にいたい。幼馴染じゃなくて、もっと近くに、そばにいても誰にも文句が言われない存在になりたかった。一緒がいい、と呟く私に、いつの間にか隣に立っていた勘ちゃんは、安心したように頬を緩めて私の手をとった。
「海、結婚しよう」
「……はい!」
本当は、もっと言いたいことがあった。どうして何も言ってくれなかったのか、どうして勝手に決めてるの、だとか。いっぱいあったのに、私の手を握る勘ちゃんの手が震えていることに気づいてしまったら、何も言えなくて。私はただ頷いて、思いきり勘ちゃんに抱きついた。