飛び散る赤い血潮に、全身から血の気が引いたのがわかる。喉が嫌に乾き張り付いて、上手く声がでない。情けなく震えそうになる膝を叱咤して、一歩前へと踏み出す。
「勘ちゃん!!」
目の前で地に伏せた彼に慌てて駆け寄る。横たわる勘ちゃんの顔は青白く、右肩から腰にかけての大きな切り傷がどれほど血を、体温を奪っているかがわかった。口布を取って傷口を押さえると瞬く間に赤黒く染まる口布に、ついに震えが止まらなくなった。みっともなくぼろぼろと溢れ落ちる涙が視界を濁す。
「勘ちゃんっ…勘ちゃん、嫌だよ、一緒に学園に帰ろう……?だれか、たすけてよぉ…」
子供の頃とは違い、大きく成長した体を抱えて移動することは不可能だった。先程まで動き続けていた疲労や、少なくはない怪我も負っている。かといって、勘ちゃんを置いていくという選択肢は私にはなかった。
いやだ、たすけて、と泣き続けている私の背後から、声がする。反射的に苦無を取り出していた私は、声がした方へと数本の苦無を撃った。こんな時でも、学んできたものは忘れないらしい。
「誰!?」
「あっぶねぇ…って、海か?勘右衛門は…勘右衛門!!おい、この傷……。」
「竹谷、くん……竹谷くんお願い助けて!勘ちゃんを、たすけて……学園まで、運んでよ、お願いだから…!」
「わかってる。大丈夫だ、落ち着け。お前は走れるな?」
「うん…っ」
「勘右衛門は俺が背負う。海もついてくるんだ、いいな?絶対に助けるから、な?」
小さく頷いた私に、竹谷くんが少しだけ表情を緩めたのがわかる。止血しようと押さえ続けていた傷口から私の手を離した竹谷くんは、既にほとんどが赤黒く染まっている口布を勘ちゃんの体に巻きつけた。傷口を強く縛り止血すると、竹谷くんは勘ちゃんを背負い、一瞬だけ私に目配せした後学園がある方へと駆け始めた。勘ちゃんから離れないように、必死でついていく。
敵は、勘ちゃんがあの傷と引き換えに殺した忍で最後だったから大丈夫だとは思うけれど、警戒は怠らない。勘ちゃんの血で染まり、赤黒くなっている手を強く握り締めた。ーーしなないで、勘ちゃん。
***
学園に戻ると、待機していた善法寺先輩が駆け寄ってきた。竹谷くんが鳥を飛ばしてくれていたらしい。私は狼狽えるばかりで何もできなかったのに、後悔が胸を占める。保健室へと運ばれていく勘ちゃんを、私は見送ることしかできなかった。
水で血を洗い流して自室に戻ると、久遠ちゃんがまだ起きていた。見慣れた後ろ姿に安心して立ち尽くしていると、桃色の髪が揺れ、久遠ちゃんが静かにこちらを見つめている。全てを見透かされているような気がして、嫌に鼓動が早くなる。
「海ちゃん……どうしてここにいるの?」
「えっと、」
「だめだよ。海ちゃんは、逃げちゃだめ。尾浜くんを護るんでしょう?」
「でも、でもっ私、なにもできなかった…!怖くて、震えてるだけだった!勘ちゃんが死んじゃったら、」
どうしよう、と言いかけた私の頬に鋭い痛みが走る。いつもは優しく笑う久遠ちゃんが、難しい顔をして私を見ていた。
「そんなこと、言わないで。尾浜くんは、海ちゃんを置いていったりしない。二人は一緒にいないとだめなの。」
「くおん、ちゃん…?」
「信じて。傍にいてあげて、手を握ってあげて。海ちゃんが、尾浜くんを引き留めて。」
「できるかな、」
「海ちゃんならできる。できるよ、」
そう言って、いつものように優しく微笑んだ久遠ちゃんに、私は大きく頷いて部屋を出た。目指すのは、保健室。
静かに保健室へ入ると、奥の方に勘ちゃんが寝ていた。ゆっくりと上下する胸元を見て、生きていることがわかる。近づいてそっと手を握ると温かくて、涙が頬を伝った。こんなに泣くなんて、勘ちゃんに呆れられるだろうか。そう思っても、涙は止まらなかった。
「勘ちゃん、ごめんね。ごめんなさい、」
握り締めた勘ちゃんの手を、祈るように額に当てる。護ると誓ったのに、大きな傷を負わせてしまった。勘ちゃんは何て言うのかな。いらないって言われたらどうしよう。なんて、不安ばかりが頭を過る。
「う、み……なんで、ないてるの?」
「…かん、ちゃん?」
「おはよ。ごめ、ね……ちょっと、失敗しちゃった、」
「護るって言ったのに、ごめんなさい、」
「……ばかだなぁ。こんなの、気にしなくていいんだよ。それより、海には笑ってほしい、な。」
「むり、だよ…!」
「ね、笑って…?」
緩慢な動きで頬を撫でてくれる勘ちゃんに、私は無理矢理に口角を上げた。きっと不細工な顔をしているのだろう。それでも、勘ちゃんが望むのなら。私はいくらでも笑ってみせる。
***
図書室へと続く廊下を歩く。私の頭には、この間まではなかった藍色のリボンがあった。大きく切り裂かれ、その大部分を血で染めた勘ちゃんの制服を貰い、無事な部分を使って作ったのだ。
風に吹かれ、ひらひらと揺れるリボンに触れて、小さく笑う。この執念を、気持ち悪いと思われるだろうか。それでも私は、彼を護る、そのためならどんなことも厭わない。
「ねぇ、勘ちゃん。……だいすきだよ、」
きっとこのリボンを見る度に、触れる度にあの日のことを思い出すのだろう。そして、私が何よりも優先すべきことを、胸に刻むのだ。
――勘ちゃんが生きているなら、それでいいの。