いいか、君。絶対に、特に天道には……、いや、柏木もだ。あの二人には言うな。天道はアレだし、柏木も意外と口が軽い。天道の前ならさらに拍車をかけてそうなる。……とにかく、約束したからな。破ったら君のことは一生軽蔑する。一生だぞ。担当アイドルの僕に一生嫌われていいのか。

 顔色が少し悪い桜庭さんのマシンガントークを浴びる。二日酔いでもしているのだろうか。今日は夜にドラマの収録があるので、それまでに良くなってくれるといいのだが。
 私が、この後の桜庭さんと仕事のことについて考え込んでいる姿が、桜庭さんからはぼけっとしているように見えたらしい。「話を聞いているのか」と詰め寄られる。

「桜庭さん」
「……なんだ」
「酔っ払うと色々と感極まっちゃうって、本当だったんですね」
「……君、話を聞いていたか?」

 桜庭さんは、さらに険しい顔になる。これは私のせいだ。なんとなく謝ったほうがいい気がして、「ごめんなさい」と軽い気持ちで言ってみると、桜庭さんの細長い人差し指がグリグリと私の眉間を押す。痛くはないが圧がすごい。

「ご飯はどうしましょう」
「いい、要らない」
「そんなこと言わずに。……あっ、ほら、まだお仕事じゃないんですから、横になっててください」
「……すまない」

 立ち上がろうとした桜庭さんの肩をつかみ、そのまベッドにま寝かせる。平気なフリをしているし、聞いても答えてくれないだろうが、やっぱり二日酔いなんだろう。
 大人しく寝てくれる素直な桜庭さんが、ちょっと可愛くみえてくる。「お水いる?」には縦に一回首を振り、「冷蔵庫の中身勝手に使っていいですか?」に対しては「そもそも冷蔵庫に何もない」と心配になることを返す。
 流石に最低限はあるだろう、と思い許可を貰って中を確認すると、立派な冷蔵庫の中にはいくつかの冷凍食品、調味料とヨーグルトくらいしか入っていなかった。

「医者の不養生って知ってますか?」
「馬鹿にしてるのか。……いや、馬鹿なのは僕だな」
「そういうことじゃなくて、心配するからちゃんとご飯食べてくださいねってことです」

 布団の中でバツの悪そうな顔をする桜庭さんの頭をつい撫でたくなり、うっかり手をのばしかけてやめる。小さい子ならまだしも、大人の男性の頭を撫でるなんて。相当気を許した相手でないと許されない行為だ。
 なんでもないフリをして、行き場を失った手を布団の上に置く。うまく誤魔化せただろうか。ちらりと桜庭さんの様子を伺えば、桜庭さんはまっすぐ私を見ていて、視線が繋がった。

「遠慮しなくていい」
「えっ」
「君ならいい、と言っている」

 桜庭さんは呆気にとられた私の手を取り、自分の額の上に乗せる。こうしたかったんだろう? とでも言うような表情で私を見るので、その好意に甘えて撫でてみる。

「もう少し、寝ておきますか?」

 私の問いに、桜庭さんは首を縦に振る。瞼を閉じ、一呼吸置いてから「……寝言だと思ってくれて構わない」と前置きをする。

「起きてすぐ、余りに酷い頭痛に最悪な気分になった。ただ、瞼を開けて君を目にして、安心した……とは、少し違うな。上手くは言えないが、君が僕の家に居ること、目を覚ましてすぐ君が側に居てくれることを望ましく思った」
「あの、桜庭さん」
「……寝言だ。寝言だから続けるぞ。昨夜は酔っていたが、君に伝えたことに嘘偽りはない。名前、ずっと共に歩むパートナーでいてほしい」
「さ、桜庭さん……!」

 あまりにもハッキリした、そしてじんわりと蕩けてしまいそうな寝言だ。確実に赤くなっている顔を覆うことは、桜庭さんに片手の自由を奪われているので出来ない。
 昨夜の桜庭さんの「僕には君が必要だ」「君を幸せにするのは僕以外あり得ないだろう」などという熱弁は、酔った勢いでの冗談だと思ってたのに。

「やっと、良い反応が見れた」

 いつのまにか目を開けて私を見ていた桜庭さんは、計画通りだとでも言うような顔をしてみせる。

「起きた頃には返事を聞かせてくれ。それまでには、落ち着いているだろう」
「……まったく自信はないです。だって、不意打ち過ぎますし、そんな予想まったく。さっきだって、誰にも言うな、忘れてくれって」
「たしかに天道や柏木には言うなと念を推したが、忘れろとは言っていない。訂正だってしていない」

 私のぐだぐだと煮え切らない言い訳を無視して、「おやすみ」と眠りについてしまった。置いていかれた気持ちになる。