クリスマスライブの打ち上げで盛り上がる輪の中からこっそりと抜け出し、コートとカバンを持って居酒屋の個室を出る。ブーツを履いている時に少し聞き耳をたててみたのだが、誰も私が抜け出したことには気付いていないようだ。それでいい。
それから、ちょうどお手洗いから戻ってきたらしい、少しフラフラした桜庭さんと通路でバッタリ会ったので「事務所に戻ります」と伝言をお願いした。口では何も言っていなかったが、「また仕事に戻るのか」と呆れた表情をされたのは見なかったことにする。
会計は経費で落とし、店を出る。この一時間のうちに、外はまた一段と冷え込んでいたようで、吐く息がくっきりと白く烟る。ここから事務所まで、歩いて行ける距離で良かった。
イルミネーションで輝かしい表通りを抜けて、灯のまばらな裏道に出る。途中、コンビニでホットココアを購入し、両手で包み込むようにして持ち暖をとるが、それでは寒さで凍りそうな頬やつま先までは温まらない。はしゃぎ楽しむ恋人たちとすれ違うたび、無意識に私の歩く速度は速くなる。結果、十分ほどで事務所に到着してしまった。
そもそも、クリスマスにまで事務仕事を入れなければならないスケジュールを組んだ私が悪いのだ。年末年始に徹夜をするか、それともクリスマスを捨てるかの二択で後者を選ばざるをえない状況だった。……というのは大袈裟だが、イベントが続くこの時期に書類仕事を溜めておきたくなかったのだ。
すっかりぬるくなったココアをデスクに置き、エアコンが効くまでの辛抱だとコートを脱がず椅子に座ってパソコンの電源を入れる。
今頃、あの居酒屋では出来上がってる人たちが数名いてもおかしくはない。特に桜庭さんと天道さんは、確実に楽しい状態になっているだろう。あまりにも想像し易くて、つい笑いがこぼれてしまう。しかし、楽しい時間もここまでだ。ログイン画面に素早くIDとパスワードをする。
そうして、部屋がだいぶ暖まってきた頃。キーボードを叩く音しかしない室内で、別の音が聞こえてくる。階段を登る時の足音だ。しかし、こんな時間、こんな日に一体誰が。幽霊や心霊現象などを信じるタイプではないのだが、不審者とかだと嫌だ。少しだけ不安になりながらもドアに近づき、意を決してドアノブを手にしたその時だ。
「わっ……!」
「Wow! 大丈夫?」
勢いよくドアが開いて、その向こうにいた舞田さんにぶつかってしまった。しかし、私が今日最後に見た舞田さんとはだいぶ格好が違う。フワフワのお髭に、上から下まで真っ赤な衣装。それはまるで。
「サンタさんですか?」
「そうだよ。 プロデューサーちゃんだけのSanta Clausさ!」
「私だけって、わわっ」
慌てて離れようとしたのだが、そのまま背中に腕が回される。そのままぎゅっと抱きしめられると、アルコールと、舞田さんのと、冬の匂いで胸がいっぱいになる。まるでクリスマスのCMみたいにドラマチックだ。
「……名前ちゃん、いつのまにか打ち上げから消えてるから、色んな人に、どこに行ったか知ってる? って聞いちゃった」
「あはは……それはすみませんでした」
「Totally! そうしたらミスターさくらばが、プロデューサーちゃんは事務所に戻ったって言ってたから、慌ててこっちに来たってワケ。まだ仕事は山積み?」
「山積みっていうわけではないんですけど、今のうちに」
「それなら大丈夫だね」
それから舞田さんは、小さくて可愛いクシャミをする。いくらモコモコしたサンタクロースの衣装といえど、上着がないとやはり寒いみたいだ。風邪をひくといけないので、舞田さんを促して室内に招き入れる。空調よくきいている来客用の長ソファーに二人で腰掛けてすぐ、舞田さんはサンタクロースのつけ髭をとってしまった。露わになったよ頬から耳たぶは、ほんのり赤く染まっている。
「なにか用意しましょうか。コーヒーとか、事務所に置いてあるものですけれど」
「ううん、いらない」
ここに居てとでも言うように、舞田さんは私の腕を掴む。
「言ったでしょ? 今日の俺は名前ちゃんだけのSanta Clausだって。貰う側じゃなくて、あげる側」
そう言いながら、担いでいた白い大きな袋から、小さなケースを取り出して私に差し出す。綺麗なリボンがついていて、クリスマスプレゼント以外のなにものでもない。
「……私に? もらってもいいんですか?」
「Sure!」
お礼を言ってから、リボンを紐解いていく。なにが入っているのか、ワクワクとドキドキする気持ちで口の両端に力がはいる。
ケースを開けて目に入ったのは、淡いピンク色がアクセントの可愛らしいネックレスだった。わあ、と口が開く。舞田さんと視線を合わせると、彼は嬉しそうな笑顔も私にくれる。
「気に入ってくれた?」
「はいっ……! すごく嬉しいです。可愛くて素敵なプレゼント、ありがとうございます。今つけてみてもいいですか?」
「もちろん。俺が着けてあげるよ」
ネックレスのチェーンを手にして、器用に留め具を外す。留め具が見えやすいようにと後ろを向こうとしたのだが、「そのままでいいよ」という声と同時に、舞田さんの腕がまるで抱き締めるようなかたちで私の後ろにのびてくる。爽やかだけど少し甘い、舞田さんが愛用している香水の香りが鼻をくすぐる。ただの偶然なのか、それとも故意に? 判断がつかず、私はただ心臓の鼓動の速さがバレないように固まるしかない。時間にして数秒、けれどもっと長く感じる。
留め具がカチリとはまって、舞田さんが離れていく際、私の反応を楽しむかのような笑みを浮かべていたので、故意なのだと気付く。
「ま、まいたさん……」
「可愛い。すごく似合ってる」
胸元のペンダントトップを掬い上げて唇を落とすサンタクロースの舞田さんの姿は、映画のワンシーンのようだ。
「来年も、その後もずっと、一緒にChristmasを過ごしてくれるかい?」