夢主≠プロデューサー
プロデューサーさんに頼まれたスケジュール調整の真っ最中に、台本を抱えた舞田くんがニコニコしながらこちらにやってくる。向かいのデスクで書類整理に励んでいた山村くんに「用事みたいだよ」と振ってみたのだが、「僕じゃなくて、名字さんにですよ」とさも当たり前のように返されてしまった。
「演技の練習付き合って、です?」
「Wow! なんで分かったの、名前ちゃん!」
「三回目だからです」
やっぱり、と思いながらもノートパソコンを閉じるあたり、舞田くんに弱いなあと思う。コーヒーを飲みながらミーティングをしていた硲さんと山下さんにも「分かりやすいね」「うむ」としみじみ言われてしまった。
二人がけのソファーに誘導され、当然のように隣には舞田くんが座る。今日も前回と同じように「それじゃ、いくよ。start!」と、なんの説明もなく舞田くんの演技が始まってしまうので、私はもちろんついていけない。
でも、それでいいらしい。台本の内容も、舞田くんが演じる役のことも知らない私が、演技を見てドキドキするかしないかが重要なのだと舞田くんが言っていた。
今日はどんな関係で、どんなシーンなのか。お願いされて断れない私が悪いんだけど、ドキドキするのはちょっと慣れなくて嫌だったりする。身構えていたつもりが、突然甘い台詞が飛んできて居心地が悪くなる。
「……どこ見てるの」
「ひっ……」
「俺だけを見てて欲しいな。俺だけのmy sweetでいてよ。じゃないと、妬いちゃうな」
マイスイートとか言ったが、それって台詞ではなく舞田くんの素なのでは。疑問に首をかしげるが、それでも演技は続く。舞田くんはゆっくりと私の腰に手を回して、まつ毛の一本一本までくっきりと見えるほどに近い距離で視界を占領する。
こういう時、台本を見せてもらえていたなら演技の相手だと割り切ることができたのかもしれないが、前述の理由によりなかなか見せてはもらえない。私はくらくらするばかりである。
「その甘そうなブラウンの瞳に俺だけが映ってる、そういう二人きりの時間が永遠に続いたらいいのにね」
「ええと、近……」
「近い? これが俺と名前ちゃんのbestな距離だよ」
「舞田くん、あの。演技は……?」
「名前ちゃんをドキドキさせるために、今頑張ってるでしょ?」
なんかもう違う! これ以上は(私の心臓が)駄目だと判断して舞田くんから離れようとするも、腰を抱き寄せられてしまう。今まで、甘い台詞攻撃は受けていたものの、こうして密着するのは初めてだ。
協力しなきゃ良かった。きっと真っ赤になっているだろう顔を隠して俯く。舞田くんは本当に演技のためにこうして私をさそっているのか、それとも揶揄っているのか、もう分からない。
「るい、もうその辺にしておいたら?」
少し離れたところから、山下さんが助け舟を出してくれる。私はこれ以上ないほど首を縦に振ったのだが、舞田くんの中ではまだ終われないらしく「まだ離さないよ」と耳元で囁かれる。
「これ以上は駄目です……」
「Why? なにが駄目なの?」
「舞田くんが私のこと好きみたいな演技するから、もう心臓がもたないです……!」
演技だって分かっているのだが、舞田くんから直球の最速で届く甘い言葉を処理できるほど超人ではない。勘弁してくれと泣きそうな私をじっと見て、「hmm……」と悩んだ顔をする舞田くんは、次の瞬間信じられないことを言う。
「名前ちゃんのこと好きな演技じゃなくて、本当に好きだよ。ドキドキしてくれてたなら俺にchanceはあるってことだよね」
直後、額に柔らかな唇を当てられる。小さなリップノイズが聞こえてきてやっと、額にキスされたことに気付く。
「ま、まいたくん……!」
「これからもヨロシクね、名前ちゃん!」
最後にぎゅーっと私を抱きしめて、舞田くんは硲さんと山下さんのところへ戻って行ってしまった。残された私は呆然と山村くんに「今の現実……?」と聞くことしか出来なかった。