○硲道夫

 定規でも入っていそうなくらいピンと伸びた背中を、スーッと人差し指でなぞる。少しだけ肩を揺らして、硲さんは疑問いっぱいな顔で振り向き私を見た。いたずらをしたつもりはなく好奇心からの行動なのだが、なんとなく、えへへと笑って誤魔化してみる。

「硲さんは姿勢が美しいですね」
「ありがとう。だが、それと背中を擽る行動になにか関係性はあるのだろうか」
「いや、何もないですね」

 背中をなぞったのを、硲さんは擽ったと捉えたらしい。擽ったいのは苦手なのだろうか。試しにもう一度、きっと歪みなんてないだろう背骨のラインに沿って、上から下へと指を滑らせる。そのまま脇腹の方へとわざと逸らしていったところで、手首をがっしり掴まれて止められる。

「全く君は……」
「呆れました?」

 空いているもう片方の手を仕掛けようとするも、今度は事前に阻止される。
「まったく」という一言が聞こえてきて、本当に呆れられたかと不安になったが、硲さんはなぜか私の背後に回る。いったいなにを、と聞こうとして、腰に細く長い指が添えられ、下から上にゆっくりと登る感覚に悲鳴を上げてしまう。つい声が出てしまったことに、私も硲さんも目を丸くして驚く。

「すまなかった」
「いや、大丈夫ですから。あやまらないで。まさか硲さんからいたずらされるとは思わなくて、びっくりしただけ」

 腰に添えられた手がのびてきて、私をゆっくり拘束する。硲さんの体温が背中ごしに伝わってきて、じんわりと温かく、私の体温も合わせて上がる。

「慣れないことはするものではないな」
「いたずらのことですか?」
「君のように可愛らしく冗談で終われない。それに、君に触れるのであればこうして抱きしめる方がいいな」

 口元がほんの少しだけ緩んだ硲さんの背中は、ゆるくカーブを描いている。



○天道輝

 どうしてドレスってこうなの。もっとうまいこと作ってくれないの。
 背中の真ん中あたりからあがらないファスナーのつまみは、私がどう手を伸ばしても指にぶつかるだけでなかなか上に上がりきらない。イライラして余計に指で弾いてしまう。
 こんなことなら、式の前にドレスを新調しておくべきだった。ファスナーが横についているタイプだとか、ファスナー自体がないタイプのドレスとかあったはずだ。なんて、今更後悔しても遅い。結婚式の日程は前から聞いていたのに、仕事の忙しさを言い訳に準備を怠ったのは私である。

「名前ー、まだかー?」

 ドアの向こうから、ずっと待たせてしまっている輝さんの声がする。そこで私はやっと、輝さんに手伝ってもらえば良かったのだと気付く。
「輝さーん……」と情けない声で助けてとアピールをすると、困っている人を放って置けない彼らしく「大丈夫か?」と、いつもと違うダークスーツを着た輝さんがドアを開けて入ってくる。

「なんだ。着替え終わってるじゃねーか」
「終わってない。助けて……」
「助けてってどういう……。ああ、これか」

 背中に大きな手が添えられ、あっという間に一番上までファスナーを閉めてくれる。あとは自分で出来るので、お礼を言って離れようとしたのだが「まだ。じっとしてろって」と輝さんはドレスの首回りをいじっている。ホックまで留めてくれるようだ。

「んー、よしっ。これでバッチリだな」

 輝さんの手は離れず、そのまま私を抱き寄せる。耳のすぐ横で「綺麗だぜ」といつもより少し低い声で囁く。私がそういうのに弱いことを知っててやっている。

「輝さん、自分のかっこよさをもう少し自覚してくださいね」
「ん? ありがとな」
「褒めてないですー。もう、腹立つなあ……」
「怒るなよ名前ー。怒った顔も可愛いけど」
「あ、やだもう! ヒゲじょりじょりするのやめて!」




○山下次郎

「お、やっぱり名前ちゃんも丁度いい」

 お風呂から上がったばかりの山下さんが、布団の上でぼーっと膝を抱えてテレビを見ていた私のすぐ後ろに座り込む。何をするのかと思えばわたしを抱きしめて頭の上に顎を置く。この前、旬くんと翔太くんが言っていたやつだ。
 まだ髪が乾ききっていないのか、水滴がひとつ首すじに落ちてきた。

「次郎さんって、意外と甘えたさんですよね」
「そう?」
「うーん。いつもは軽いノリにみせかけて気配りやさんな遠慮の塊じゃないですか」
「そう見えるんだ」
「でも、気を許した人には割とはっきりした物言いで、次郎さんから触れていける。みたいな」
「あらら。プロデューサーちゃんにはお見通しってわけね」

 否定するわけでもなく、はっきり肯定するわけでもなく。ただ次郎さんはぐーっと私に体重を預ける。ちょっとだけ重い。この重さを感じられるのが、信頼された証なのだろう。
 回された腕に、頭を預けてみる。温室育ちの理系だから、なんて言ってた割に逞しい腕は硬くて、あまり枕には向いてない。

「名前ちゃん、眠い? このまま寝ようか」
「眠くないです。お風呂入る」
「ん。……あがったらビールもアイスもあるよ」
「やった」

 次郎さんから解放されて、自由に動けるようになる。ただ、少し離れ難く感じた私は、振り向いてから次郎さんのおでこに唇を落とす。「隙あり」と笑えば、ため息とともにまた腕が伸びてくる。

「可愛いことされたから、離す気なくなっちゃった」

 そのままどんな抵抗も虚しく、二人布団へと倒れこむ。