四年に一度なんて、ロマンチックです。

『特別だね』なんてただの一言で終われない、そんな私の中のカラフルな日がやってくる。虹色に輝く一粒一粒を、ぜんぶ貴方にあげたいな。こんな小さな両掌にはとても乗り切らない、想いが時々もどかしい。連ねる言葉より馳せる気持ちを先に贈りたいなんて、実は案外難しい。

心からおめでとう、周助。

貴方は知っていますか?
奇跡の王子様に、恋したお姫様が、傅く日があるということを。
一時、白馬から降りてさぁさぁ、お手をどうぞ、愛しい王子様。

お気に入りの紅茶とスコーンを見つけた、街中の流行りのカフェテラスはいつも混んでいるけれど、雰囲気が心地良くて私は好きです。目の前の椅子に腰掛けて熱いアールグレイティーを嗜む彼を前に、緊張さえしているけれど早く伝えなきゃ……開口一番、紡いだのは愛しい人の名前だったから、やっぱり私は、この世界が幸せで仕方ないのです。

「周助っ…その、…今日は、したいことを何でも教えてね。私、がんばるから…っあの、例えば、行きたい場所や、食べたいものや、欲しいものを教えて欲しいです」
「うん。行きたい場所は名前と二人きりになれる場所で、食べたいものは君で、欲しいものは君だよ。僕からは以上だけど、…がんばって?くす」

いつも通り読めない微笑の王子様に、ぼふっと顔を赤らめながら、次に紡ぎたい言葉はやっぱり、貴方がヨロコぶものがいい。そんな切な願いを込めて、擦れ合う両膝の上に小さな拳を握り締めます。レディファーストよろしく、エスコート慣れした彼を相手に非力な私は何が出来るのだろう、否、そんなネガティブな考えは早く捨ててしまえ。はやる気持ちは先行くばかりでどうにも落ち着かず、ふと目に留まったティーカップの取っ手を徐ろに摘んでお茶を一度口に含むと、甘い甘い夢の味がした。あぁ神様、これはチャンスなのです。四年に一度、彼に喜んでもらうための、チャンスなのです。小型の革のショルダーバックに忍ばせたプレゼントは、彼が最近欲しいと言っていた一眼レフカメラ用の羆(ひぐまさん)ストラップで、この間二人で出かけた時に見つけたものでした。

サイズも良いし、今のカメラバッグが案外シンプルだからと笑って、買おうか悩んで結局やめた彼の横顔が忘れられません。それは彼が珍しくモノを欲しがっていたから、というよりも、普段あまり物欲を外に出さない人だから余計に驚いた印象のせいでした。だからその時、偶然にも彼の欲しいものが知れたことが、些細なことかもしれないけれど私はすごく嬉しかったのです。

「が、がんばれません!もうっ」
「えっ、どうして?残念」
「プレゼントが私じゃ、つまらないから…」
「つまらない?まさか、そんなはずないでしょ。それに、つまらないかどうか決めるのは僕なんだけど」

す、と差し伸ばされた細い指先が、滑らかに顔の輪郭をなぞります。

「今日は、そういう決定権も君のモノなんだね?…手厳しいなぁ、お姫様」

にっこりと触れてくる周助に、余計に頬を赤らめて困り顔を俯かせたのは、スコーンのオレンジピールの良く香る午後の二時でした。あぁ、身体中を燻る甘い感覚、きっと紅茶に入れた角砂糖のせいじゃない。

"The princess is in love with a prince."

それからは、そのままカフェで最近の出来事をお互いに話したり、(周助はテニス部の乾汁?という飲み物が好きで、進んで飲んでいるそうです。とにかく美味しいらしい…今度私もチャレンジしてみよう)、(私は最近、なんと、新しいクッキーの型を手に入れました。後で焼こう)、少し歩いた先にある、街路樹の綺麗な通りを散歩したり、彼が持ってきた自前のカメラを借りて風景を試し撮りしてみたり、季節を芳す春風を二人で見送りながら、穏やかな日曜日の午後を楽しみました。

"私は幸せだけれど、周助も幸せと感じてくれたら嬉しい。"

やがて天気に恵まれた空が、じわりじわりと赤の侵食を受ける夕刻時、遂にこの時がやってきてしまいます。また明日を、言わなければいけない時間です。

帰り道から私の自宅の前まで、ずっと繋ぎ続けた周助の掌の温もりが優しくて、離したくなくなってしまって、嫌になってしまった私の中のいけない子が、彼との別れを先程から邪魔している。きっと迷惑だろうからこの手をすぐ離して、家の中に入らなければいけないのに、何故?言うことを聞かない右手との葛藤に一人無言で苛まれていたら、ふと、視線を伏せた周助が呟きました。

「…君を、帰したくない…」
「え…?えっ、ぁ」
「…あ。いや、ごめんね、僕…違、嘘。悪い冗談、…ありがとう、誕生日を祝って貰えてすごく幸せだった。引き留めてごめん、帰るよ。それじゃ」

少し慌てながら不自然な早口で言葉をまくし立てる彼は、少なからず動揺しているようでした。本能的に小さなアラートを感じ取った私は、繋いだ手を解こうとする彼の手を咄嗟に握り返し、無意識に大きめの声で彼を呼び留めます。

「ま、待って!周助、待って…!」
「え?」
「まだ、渡してないものがあるの。遅れてごめんなさい。実は誕生日プレゼントを用意していて。きっと、気に入ってくれると思うんだけど…あの…」

一度手を離し不器用な手付きでショルダーバッグを開いた先、梱包が型崩れしていないことを確認しながら仕舞っておいたプレゼントを丁寧に取り出します。青色の不織布の巾着袋の口を、トリコロールカラーのリボンできゅっと結び、加えてベージュのひぐまさんのメッセージカードを添えてみたのだけれど、いざ渡すとなると周助の事を意識し過ぎたカラーリングが可笑く思えてきて(ラッピングしている時はすごく楽しかったのに)どんどん自信が失くなってくる。こんな大事な場面で今更、不安を煽られても仕方がないのに、いつだって大好きな程に大好きは前途多難で、大切なものを見失いがちになる。

「ご、ごめ…、その、良ければ受け取って、くださ……るとうれしいです」
「ぷっ…!…くすくす、あはは」
「!?ど、どうして笑うの」
「名前こそ、どうして急によそよそしいの?…あと、そのプレゼントは絶対欲しいので、どうか僕にください」

す、と右手を胸に当て、軽くお辞儀しながら左手を此方に差し出す姿は王子様そのもので、丁度、赤みを帯びた金色の夕焼けに輝く茶色の髪が彼の顔の隣でさらりと揺れる情景に私は見惚れてしまいます。まるで額縁に入れられた、完成された一枚の絵画のようだと震える両手で彼の手にプレゼントをそっと置くと、周助は顔を上げて、いつも通りにっこりと微笑みました。

「ありがとう。この色、僕の好きなものばかりだ…開けてもいいかな?」
「う、うん」
「…このストラップ、この前の…!覚えてくれてたんだ。それじゃ、早速カメラバッグに…ううん、ラケットバッグにつけようかな。その方が持ち歩くだろうし。ありがとう、嬉しいよ」

ひぐまさんストラップの金具の部分を指で摘んで高いところで揺らしながら、此方に向けて楽しげに話す周助を見ていると、心臓が早鐘を打つように熱く脈打ちました。

今日、彼の大切なお誕生日を、彼と一緒に笑顔で迎えられて良かった。精一杯の感謝の気持ちを込めて満面の笑顔で返すと、私の表情をその瞳に映した彼は一瞬口を噤み、面持ちに暗い陰りを落とします。そうして不安に思った私が問い掛けるより先に、彼は姿勢を正して真摯に此方に向き直りました。

同じ柔らかな口調でも少々、声色を強張らせながら周助は言葉を選び、慎重に告白します。

「…さっき、『君を帰したくない』て言ったのは、冗談でなく本当だったんだよ。君のことが大好きで、正直、僕は帰りたくないと思ったし、君を帰らせたくないと思ってしまった」
「…え…?」
「名前は、ただ僕のことを、こんなに純粋に祝ってくれているのに。その隣で、僕は一体何を考えているんだろうと、後ろめたくなってしまって」

あぁ、待って。貴方にそんな自笑は似合わないよ。

「でもね…君が僕に笑ってくれるから、僕はもう君に何も隠せなくなる。愛してる、名前。ごめんね、どうしようもなく、君が好きだ」

チャリン、と背中でストラップの擦れる音がした。

弾かれたようにきつく抱き締められる身体、強引に奪われて深く重なり合った唇、二人の距離がゼロになったその瞬間、一陣の鮮やかな風がこの幸せな世界を吹き抜けて行きます。冬色に染まる枯葉を浚い空高く舞い上がる、この美しい景色をきっと来年も二人で見よう。

こんな小さな両掌にはとても乗り切らない、想いが時々もどかしい。連ねる言葉より馳せる気持ちを先に贈りたいなんて、実は案外難しい。

神様、今だけは、どうか虹色に輝く私の全てを、彼に伝えて。

『愛してる』

心からおめでとう、周助。


end.
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おめでとう不二先輩(今年は念願の閏年!)