あ、もうだめだ。

そう思った。そう思うに至る迄の感情の経緯が長過ぎて、ここに綴りきれるかわからないけれど、確かに俺はそう思った。視線の先、大好きな君が、俺の見知らぬ男と仲睦まじげに話している姿を見て、全身に悪寒というか虫唾というか、とにかく一瞬にして嫌な気持ちで満たされた。

それはなんてことのない、ただの学園生活の、ただの日常風景に過ぎないのだ。昼下がりのただの人通りの多い教室前の廊下で、大好きな君が男子生徒と仲睦まじく話していた。君の瞳はいつも澄んでキラキラしてとても綺麗だけれど、その瞳いっぱいに映し出すのが俺の知り得ぬ男であることとか、いつもより楽しそうに笑っていることとか、俺なんかよりそいつの方が好かれているんじゃないかとか、俺なんかよりそいつといたいんじゃないかとか、空っぽの心に一瞬にして泥水を溜めるような感覚に陥った。何度も言うが、これはただの学生生活の中の日常風景だ。別に君が他の男子生徒と話すのが許せないわけじゃないし、するなと言っても常識的に難しい話だ。現に今までだってずっと色々見過ごしてきた。なのに何故今日この時に限って。わからない、わからないけれど。でも。

多分、あまりにも君が楽しそうだから。君は、そいつを選ぶのか、という喪失感に襲われた、のだと思う。

「…………」

そんな悍しい光景を瞬きすら忘れて食い入るように見つめ、無言になる。幸せそうな二人から一線引いた距離で、呼吸を忘れる。普段なら多分、一目散に会話に割って入って妨害してやるところなのだが、今日は違った。もうだめだと思う、その感情はあまりに陰湿で臆病で救えなかった。君を好きだと思う気持ちに対する諦めにも近い、けれど悲愴感しかないわけでもない。問題はもっとその先にあった。だめだから、どうするのか。とうに出てしまっている答えを出すのが怖かった。すっかり冷えた唇が僅かに震える。俺は、君を、どうするのか。

「……」

昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に響き渡る。踵を返し、二人を背にしてその場を立ち去った。音も無く、消えゆく様に、立ち去っていった。


end.