柔らかな羽毛布団を身体掛けて、心地良いセミダブルサイズのベッドに精市と二人で横たわる。温かいし気持ち良いけれど私の心休まらないのは、ドクドクと心臓が早鐘を打つせい、全ては彼が隣にいるせいだ。だから先程から植物辞典を読んでいた精市がぱたりと本を閉じたかと思いきや、ごろんと此方に向き直った時には本当に心臓が止まってしまうかと思った。

「どうしたんだい、眠れない?」

くすりと微笑んで愛おしげに私を見つめる。目と鼻の先、一度交わった視線を逸らす事が出来ずに私は熱く強く脈打つ鼓動に震えながらこくりと頷いた。本の上に片手を置いてじっと私の様子を伺う精市は口元に笑みを浮かべながら言う。

「ね、一つ聞いてもいいかな」
「…?」
「もしかして、俺と寝るの緊張してる…?」

探るような視線。ピンポイントで図星を突かれた途端、内側から羞恥心の箍が外れ溢れ出しそうになって目を見開く。ああ、ここで頷いてしまえばまた笑われてしまうのだろうか。答える代わりにカアアと耳まで真っ赤にして困ったように眉尻を下げると、精市は切れ長の瞳を薄っすらと細め、そうして私に聞こえるか聞こえないかの小さな声で言葉を付け足した。

「…俺は君の、100倍緊張してるんだけどな…」
「…え?」
「ん、なんでもない…」

今度は精市が困ったように微笑むものだから私はおずおずと彼を見上げ、互いに暫くの間無言で見つめ合う。せ、せぇいちどうしたのかな。早く寝ろって怒ってるのかな…そうだよね、部活で疲れてるのに隣でいつまでも起きていられたら嫌だよね…時刻は既に午後十時を回っている。早く寝ようと思えば思う程隣を意識して目が覚めてしまうこの現象に何と名前を付けたら良いのだろう、申し訳なさに堪らず、考えるより先に言葉が口を衝いて出ていた。

「ご、ごめんなさい…精市の邪魔したいわけじゃなくて…あの、その」
「え?」
「せ、せぇいちといると…からだがすごく熱くなって、ドキドキして、う…うまく眠れないの…っご、ごめんなさい、もう、ちゃんと寝るからっ…」
「……。」

ぎゅっと目を瞑り、一生懸命に素直な気持ちを打ち明ける。早く眠ってしまいたい、そんな一心で布団の端をきゅうっと握り締め、逃げるように布団の中へ潜り込もうとした瞬間だった。パシィ!と強い力で手首を掴まれてその先の動きが阻まれる。…え?恐る恐る瞼を上げて、再び視界に精市を映し出したのだけれど。

「…っ…馬鹿…、誘ってるだろ、やっぱり…」

顰められた眉根、赤らめた頬。苛立ちを抑えたような低い声色でそう呟く精市は、私が見たこともないような苦しげな面持ちで此方を見つめていて。

「今日は手は出さないと思ってたけどもう無理だ、限界、名前が悪い」
「え、え?せ、せぇいち」
「大体可愛すぎるんだ。わざとなのかい?いい加減にしろよ」

言いながらがばっと勢い良く布団を剥がされて、気付けばあっという間にベッドに組み敷かれていた。あ、あれ?精市、眠いんじゃなかったのかな?目をぱちくりさせる私を煩わしそうに見下ろしながら、精市は羽織ったカーディガンを手に取り床に適当に投げ捨てる。それからギィッとベッドのスプリングを鳴らして近体勢を低くすると私の顎に手を遣りくいっと上を向かせ、真っ正面から私を見据えた。

「知らないからね、もう。俺、今日部活で疲れたし結構溜まってるけど」
「ふぇ?…ん、んんっ!」
「君から誘ってきたんだから文句は受け付けないよ…んっ…」

くちゅ…

次の瞬間には有無を言わせず強引に重ねられた唇、ぬるりと差し込まれた舌が咥内を侵して行く感触にビクリと肩を震わせ身じろいだ。あ、あれ、おかしいな、どうしてこんな。両手をベッドに縫い付けられた時点で抵抗の余地は無く、彼を拒む権利も無い。予期せぬ精市の責め立てに困惑しながらも、時折生じる唇の隙間から酸素を必死に取り込んで脳天まで痺れるような甘いキスに身も心もみるみる蹂躙されていく。精市は夢中で私の唇を貪り、歯列をなぞったり舌を絡め取ったりと一通り好きに戯れた後漸く唇を解放すると、はぁはぁと肩で息をする私を高みから冷たく見下ろした。背筋に奔る形容し難いこの興奮、性を支配したがる強欲な眼光にゾクリと下半身が疼く。

「はぁっ、はぁ…せぇいち、や…」
「嫌だってそれも誘ってるのかい。そんなだらしない顔、まるで説得力が無いよ…全く」

ああ、彼の長い指先が私のパジャマのボタンを器用に外していく。脱いだらパジャマパーティーじゃなくなってしまうのに、なんて考える余裕は三秒くらいあった。

「本当、いい度胸してるよね…」

欲情の色濃く吐息混じりに耳元で囁かれたその言葉を皮切りに、開かれた胸元へするりと精市の手が滑りんだ。


end.