深海(abyssopelagic)、光合成に必要な太陽光が届かないため、表層とは環境や生態系が大きく異なる。高水圧・低水温・暗黒・低酸素状態。21 世紀の現在でも大水圧に阻まれて深海探査は容易でなく、大深度潜水が可能な有人や無人の潜水艦や探査船を保有する国は数少ないなどから、深海のほとんどは未踏の領域である。(一部中略)(wikipedia引用)

目も眩むような熱い太陽光を浴びながら冷たい暗黒を背に奥底へと沈んで行く。手を伸ばし追い掛けた、俺にとりあまりにも輝かしいあれは一体何だったっけ?今となってはまるで蜃気楼のように危うい存在のそれ、記憶から消え掛けているそれに想いを馳せ、心を焦がす。ああ、身悶えるような悪循環にはもう慣れた。常勝で塗り固められたこの世界に自ら飛び込んだのは俺自身なのだ。表層と深海の海水は混合せず、ほぼ独立した海水循環システムが存在するらしい。ならば相交わろうとするな、外の世界は捨てろ。孤独と向き合い、孤独を背負え。孤独は君臨する王者に絶対的に纏わり付くものだと、俺は知っている。

そんなことを考えながら、ぼんやりと水中に漂う。ラケットを握る指先から侵食するように低水温は俺の感情までをもフリーズさせていった。1 気圧ずつ増える高圧力は常勝へ向き合えば向き合うほど、俺のこの身を外側から痛いくらい押し潰して行く。勝利へのひたむきさが自分で自分の首を締めるというのなら、無駄な想いはいっそ断ち切ってしまいたい。例えば無駄な感情の揺さぶりは精神に余計な負荷をかけるだけだろう。テニスへの情熱を忘れて、それからテニスを楽しむ心も。常勝を目指す自分には寸分の死角も許されない。

まだまだ沈む。酸素が薄れて息も苦しいけれどまだ大丈夫、まだ耐える。立海を三連覇に導くのは俺だ。絶対に期待を裏切らないから皆も俺についてきてくれないか?視界は真っ暗でもう何も見えないけれど、ラケットを握る掌の感触と、やっぱり拭い去れないいつか見た光が目の前をチラついてごくりと息を呑む。俺はまだ、夢の続きでも見ているのだろうか…目を開けば現実はこんなにも一人寂しく、勝利に射抜かれた心臓の底から墨を吐いたような黒色で塗り潰されているというのに。

「…っ……」

無意識に零した涙はこんな世界では驚くほどに綺麗で、純白の水滴が表層を目指して登って行くのを下からじっと見つめていた。あれが俺の希望か。何て頼りなく儚げで、それでいて美しいのだろうか。

ああ、まだ俺に表層との繋がりがあるというなら、テニスを続けたその先で、もしかしたら俺を深海からすくい上げる何かが迎えに来るのかもしれない。その時まで俺は俺のテニスをやり通す。勝負だ、無重力状態の此処に逆にお前を引きずり込んでやろう。

ぐっと握り締めたグリップは、もうボロボロだ。


end.
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タイトルは深海少女を参考