「これがうさぎさんで」
「うん、うん」
「これがクマさん…っ」
「うん、すごく可愛いね。ふふ…」

授業から一時解放されたそれは穏やかな昼休みだった。いつも通り教室窓側一番後ろ、名前の真向かいの席を半ば強引に陣取った俺は彼女と共に昼食を楽しんでいたのだけれど、食事が済む頃にふと彼女からクッキーを差し出された。女の子らしい赤チェックのラッピングに包まれたそれは手作りで、ああほら、やっぱりいつものメルヘンチックな可愛い動物シリーズなんだね?それが名前に似合い過ぎて堪らず笑みを零すと、意地悪な俺は彼女に問い掛けるんだ。これは何?これは何?って、聞かなくても見ればわかるけれど出来れば彼女の口から聞きたかった。彼女が大好きなものを彼女の口から直接俺に教えて、伝えて欲しかったんだ。

名前は恥ずかしそうに広げたラッピングの上にクッキーを丁寧に一つずつ並べて俺のために一生懸命に説明していくのだけれど、残念ながら俺の視線はほとんどクッキーには向けられずに彼女の顔に釘付けだったらしい。それに気付いた名前がぼふっと耳まで顔を赤らめて、今度はそれに気付いた俺が彼女を見過ぎていたことに漸く気付かされる。無意識レベルで彼女に恋してる、俺もなかなか乙女チックなところがあるのかもしれないなんて思わず幸せな笑みを零した。そういえばつい最近立夏を迎えたっけ、窓辺から差し込む日差しは春先よりもずっと強く眩しいもので、ガラス越しに見える並木の新緑はとても鮮やかだ。

俺の心も、君のせいで毎日がとても鮮やかなんだ。

「せ、せぇいちっ、聞いてるの?」
「…あぁ、もちろん聞いてるよ。あまりに君が可愛いからつい」
「…そ、そそんなこと言っても誤魔化されないよ…っ」
「誤魔化す?どうして?これは俺の本音なんだけれどな、うーん」

微笑しながら机に肘を突いて手に己の顎を乗せ、空いた片方の手の人差し指で彼女の柔らかな髪を何気無く絡ませて弄ぶ。指先でくるくると巻いてするりと解く仕草を何度か繰り返す内に可愛い名前の顔がもっと可愛くなっていくからこれはなかなか面白い。けれど純粋な彼女は俺の純真な出来心で虐め過ぎると泣いてしまうんだってこと、流石の俺もそろそろ学習したので程良い頃合いで止めておく。すると名前は少し躊躇いがちに俺のことを見つめてきた。

昼休み、あと何分ある?教室前方の壁に備え付けられた時計は、それに背を向けた俺の死角で見えない。

「ん?何?」
「あ、あの…せぇいち、今日は、その…私に遠慮したの…?」
「…や、だって君のこと大切にしたいんだ。名前が嫌がることはしないよ、したいけど」
「し、したいの」
「うん…それって俺にしか許されないことだから、いつまでもしていたい。君を独占したい、俺のモノにしたい」

人でざわめく教室に紛れているようで紛れていない、俺と名前の二人だけの空間がそこに確かに存在していた。ごくりと彼女が息を呑む音がやけに鮮明に俺の聴覚を刺激して、ああ今すぐにでも食らいつきたい。不可侵領域に唯一介入しているといったら目下、円な瞳で俺達を見守るうさぎさんやクマさんくらいなのだけれどそうだな、君達は話せないし、何より俺達の邪魔は許さないよ。そうして君達の大好きなご主人様の綺麗な手をそっと握って、俺は卑怯にも甘い声色で囁くんだ。

「君が本気で好きだよ」
「…ッ…」

きゅ、と両手で彼女の片手を柔らかく包み込んでもう何度目かわからない告白をした。温かな体温は彼女が生きている証だろう?すごく安堵する。さぁ、俺に堕ちろ。君を堕とすのは至難の技だってこと、散々理解してきたつもりだ。

「…く、クッキー食べよう…せぇいち」
「話逸れてるよ、名前。俺のことを見て」
「…ッ…」
「君が嫌がることは極力しないようにはするけど…じゃ、俺に手を握られて嫌かな?」

尋ねれば、彼女はふるふると首を横に振る。

「俺にキスされるのは?」
「…っ…せ、せぇいち」
「俺に身体を触れられるのは?」
「あ、あの」
「…俺とセックス、するのは?嫌い?」

ガタン!!

そこまで言うと耳まで真っ赤にした名前は唐突に椅子から立ち上がり、俺の手を振り払ってバタバタと走って廊下へ逃げ出してしまった。…ああ、だから出来心で虐め過ぎると駄目だって、やっぱり反省できていないな俺は。それよりも、少しショックだったんだ。何というか、彼女に逃げられたことが俺を拒否されているようで…いや、事実拒否されたんだろうけれど…突然あんなことを聞いてしまったのだから当然だ。教室隅にぽつんと取り残された俺はしょんぼりと肩を落として、机に広げられたクッキーに目を落とす。

俺なんかより君達の方が余程彼女に愛されてる。無造作に並べられたそれらを端から端までぼんやりと目で追っていたら、最後の方で不意に目に入った。

「………。」

一つだけ、俺のにっこり顔の形をしているクッキー。勘違い?いや、でもセンター分けでヘアバンドしてるし。そもそもなんで部活仕様?いや、この際そんなことはどうでもいいと俺はガタリと椅子から立ち上がる。

「うさぎさんに、クマさん…このクッキーの説明、まだしてもらってないだろ、名前…!」

それから俺は名前の後を追って急いで駆け出した。大丈夫、すぐに追い付ける。そうしたら君に問い掛けなければいけない、これは何?って。

そして多分、君の答えはまだ、決まってないのだろうけど。


end.
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幸村片想いでぽわぽわを書きたかったのですが無理でした
タイトルだけでも可愛くしてみました…