「…せ、精市…あ、あの」
「ん?何?」
「…あ…な、なんでもないの…!ごめんなさい」
「ふふ。…あぁ、もしかして、そろそろ歩き疲れたかな」

くらくら、とっても顔が熱い。此処は、所狭しと重なる雑踏の音、行き交う人々の会話に活気付いた夏休み中の大型ショッピングモール内、焼けるような外界の熱から遮断された空調完備のこの空間は文句無しに快適だし、夏風邪を引いて熱があるわけでもない。ただ、ただ隣を歩く貴方が、さっきから人の目を惹き過ぎている事に自分で気付かないから、代わりに私が恥ずかしくなってしまったという、それだけなんです。

「気付かなくてごめんね」

そう言って、歩調を緩めて申し訳無さげに私の顔を横から覗き込むのは、今日一緒にお買い物に来てくれたクラスメイトの幸村精市君。

彼は蒼色の美しくウェーブがかった前髪をさらりと揺らしながら、目鼻立ちの整った綺麗な顔で何度か瞬きします。人混みの中だから自ずと二人の距離は近くなるし、見た目よりがっしりしている肩が擦れて、今にも熱い吐息が色付いた頬にかかりそう。すれ違う女の子達は皆精市に振り返っていたり、黄色い声を上げていたり、それは彼が絵に描いたような人目を惹く美青年だからでしょう。

私はどうしようもなく緊張してしまって、持て余した両掌を胸の辺りで小さく握り締めながら、首を横に振って彼の言葉に応えました。髪を結んでいるお気に入りの白いリボンの端が、ひらひらと蝶のように宙を舞います。

「ち、違うの…!みんな精市を見てるから…あの、だからどうとかじゃないんだけど」
「え?全然そんなことはないと思うけれど…、…それより俺は、すれ違う男共が揃いも揃って君を見てることの方が気になるけどね?」
「ふぇ?」
「あぁ、やっぱり気付いてないのかい…いや、なんでもないよ」

あ、あれ…笑顔のはずの精市の背後に、並々ならぬ暗黒の障気がぶわっと…と思いきや、一人で来させないで本当に良かった、なんてトーンの低い独り言を呟きながら、軽く舌打ちして周囲に意識を張り巡らせる精市に、私は慌ててついていきます。

「せ、せぇいち?」
「名前、ほら、あそこでアイスでも食べて休憩しようか」
「…?うん…!」
「それにしても混んでいるから、はぐれないように、君の手を握っていてもいいかな?」
「は、はい!」

人混みで視界の悪い中でも数メートル先に確認できた、若い人に流行りのアイス屋さんのポップな看板に思わず心弾ませました。けれど同時に、そんな彼の申し出にはゆでダコの如くぼふっと頭から湯気を出しながら、今度は首を縦に振って応えます。私の反応に少しだけ安堵したように微笑んだ精市は、ごめんね、と耳元で小声で告げて、指先からそっと丁寧な手付きで掌を握り締めてくれるのだけど、触れた貴方の温度がいつもより熱いのは気のせいかな。否、熱いのは、私の方なのかななんて、分からなくなるほどに脈打つ鼓動は何なんだろう。この気持ちは、何なんだろう。

"この頃、わからないことがたくさん増えたのは、精市のせいなの?"

アイスを買い終えて空いている休憩スペースにお互い腰掛けると、溶けないうちにぺろりと舌先で舐めたストロベリーアイスは、思ったよりも甘かった。

「…で、欲しいものは買えたのかい?」
「うん、ありがとう精市…あのね、今日一緒に来てくれて、すごく嬉しいの」
「ふふ、こちらこそありがとう。部活が休みの日くらい、君と二人で過ごしたいのはむしろ俺の方だよ」

ビターチョコレートアイスを片手に肩肘を机に突いて頬杖する精市は、心底楽しそうに私を見つめながら言葉を続けます。

「名前」
「うん?なぁに?」
「知ってると思うけど、愛してるよ」
「…ッ!ふ、っ」
「だから早く、君も俺のことを好きになってね」

一瞬、悪怯れない笑顔とは裏腹射抜くような視線と、さらっと紡がれた言葉の数々にどう答えていいものか、食べかけのアイスも呼吸も忘れて正面の双瞳に見入ってしまいました。ドクンドクンと心臓が早鐘のように煩く、何度聞いても聞き慣れない愛の告白は多分、精市が考えている以上に毎回ストレートに私の胸を突き刺してくるのです。

ガタリ。

「…せ、精市…?…ッ…ぁ…」

耳朶まで真っ赤な顔した私を見て愛おしげに目を細めた精市が、ふと机に手を突いて此方側に身を乗り出したかと思うと、そのまま私の手に持つ溶け始めたアイスクリームに舌先を伸ばしました。下方からねっとりと、崩れ掛けの円に沿って優しく一舐めする姿は、何処か見てはいけないものを見ているような背徳的な魅力を秘めていて、途端、肌に薄っすらと浮かぶ汗に鳥肌立ちます。

私の視線が釘付けになっていることを確信犯の上目遣いでくすくすと嗤いながら、彼は汚れた唇を親指で一拭いしました。

「…もしくはこんな風に君を奪ってしまうけど、いいかな?俺、奪うのは得意なんだ。このことも、知ってるよね」
「…っ…、し、知らない…」

どうしよう。もうとっくに、貴方に奪われかけてるかもしれないなんて。

そんなの、知るはずもないよ。


end.
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第二弾…相変わらず遅刻しまくりで申し訳ございません…orz