※軍服幸村様です。流血表記あり


血生臭い。

「死ね」

使い慣れた拳銃の程良い鉄の重みに目を細め、撃鉄を起こし軽い引き金を引けば、瞬間、耳に痛い銃声が轟き弾丸が人の頭を容易く貫通する。沸騰するほど熱い返り血を浴び、周囲に飛び散る人であったはずの肉片を靴の底で踏み付けながら冷め切った心で思うのは、次の仕事の淡々とした算段なわけで、俺の生活はそれ以上でもそれ以下でもない。

血の海に崩れ落ちた屍を越え、赤黒く汚れた軍服を着替えなければいけない手間に少々眉根を寄せる。風呂場に入り、それから会議の身支度を整えた。

若くして軍幹部の上等な地位を得ただとか何だとか、周囲からつまらぬ賞賛、或いは妬みを幾度と無く受けて来たが、上に行くにはとにかく能力とコネが必要な訳で、こんな時代に何も知らない馬鹿でいるつもりは更々無かった。賢く生きなければ、死んでしまうだろう。結果を欲しいままにするため凡ゆる犠牲を厭わないし(それが例え己の身を削る事だったとしても)、使うものは使って捨てるものは捨てる精神は当然であり、凡庸でさえあると俺は思う。生まれ変わってもきっと、こんな風に、目標をひたむきに見据える男であるはずだ。例えそれがどんな場面であれ、己の為であれ、仲間の為であれ、結果を欲しがる現実主義者に変わりない。

軍帽の下から覗く双眼にいつだって隙は無く、そうして得られた軍服の肩章の総や胸元の飾緒が、前に進む度、誇らしげに揺れるのだ。ただ一つ今日も明日も、この胸に、日の丸に誓った勝利は揺るがないけれど。

西の山に半分程隠れた太陽は、帝国に夕暮れ時を知らせていた。

「…やぁ、柳参謀、調子はどうかな?久しいね」
「これは幸村中佐、お久しぶりです。少々、作戦が立て込んでいたものでして」
「そうか。前線はさぞ激務だろう」

会議に向かう通路で丁度、顔見知りの男と擦れ違い足を止める。柳蓮二、彼もまた数ある参謀の中から若くして高い能力を買われ、現在は高級指揮官の作戦補佐をしている。今後、軍内で頭角を顕わすであろう彼の働きには以前から興味があるし、どうにか俺のところで使う手立てはないものか。物静かで凛とした佇まいから聡明な雰囲気を醸し出す、その特異的存在にとても惹かれていた。

「私が指揮する部隊が出る時には、是非力を貸して欲しい。有能な参謀を傍に置くと、心強いものでね」
「ありがとうございます。光栄です。…是非、貴方のお力に」
「あぁ、その時が来たらよろしく頼む。では、会議があるので失礼」

声色穏やかな会話ではあるものの、互いに腹の底を探り合うように視線を交わし別れた。

軍事戦略特化型の彼を手駒にするには、更に一枚上手の戦略で攻めるしかないらしい……あぁいう手の奴は、横暴な権力で易々丸め込まれてくれる程ヤワではないだろう。

それから長い会議を終え、漸く自室に戻ったのは辺りが静まり返った夜遅くの事だった。鍵の掛かった扉を開ければ、その先の部屋の明かりは既に点いていて、いつものように布団に腰掛けた一人の美しい少女が俺を待ってくれている。彼女の名を苗字名前という。寝着姿の彼女は物音にハッとして顔を上げると、大きな瞳を数回瞬きして軍服姿の俺を映し出した後、嬉しそうに此方に笑い掛けてくれた。

「お帰りなさいませ、幸村様」
「戻ったよ。…また遅くなってしまった」
「あの…お疲れでしょうし、とてもお忙しいのですから、どうか無理をなさらずに…きゃっ」

カチャリ、と後手に内側から鍵を締めるのを確認すると、逸る心を抑え切れずに早足になって彼女の元へ歩み寄った。どうして、此処に帰ってくると君の甘い匂いがたまらなく恋しいのだ。

「愛してる、名前」

有難い労わりの言葉もそこそこに、堪らず目の前の華奢な両肩を掴んで強引に押し倒す。邪魔な軍帽の鍔を持ち上げ適当な場所に投げ捨てながら桃色の唇へ深く口付け、膝からベッドにギシリと乗り上げたら、すかさず名前の身体の上に覆い被さった。求めるように彼女の輪郭を掌で包み込み、息継ぎの間を与えず舌を奥まで忍ばせれば、彼女は顔を真っ赤にしてそれを苦しそうに受け入れる。くちゅり、くちゅりと唾液を絡ませて濃厚なキスを堪能する至福の時が、俺の理性を狂わせていった。

「んっ…はぁ…幸村様……っ」
「…ふふ…それと、その『様』付けはやめてくれと、何回言えばわかってもらえるのかな?お嬢さん」

色付いた耳朶にわざと唇を掠めながら含み笑うと、彼女は整った眉尻を下げて困り顔で俺を横目に見遣る。

「…っ、…」

はぁ、と乱れた熱い吐息を漏らすばかりで、なかなか次の言葉が出て来ないのは、俺の下の名前を呼ぶ事に未だに引け目を感じているからだろう。確かに、側からすれば俺達は繋がることも出会う事もないような身分違いではあるが、可憐な君に一目で恋に落ち、あろうことか此処まで連れてきたのは他でもないこの俺じゃないか。名前からすれば俺はただの慰/安/婦欲しさの下衆な権力者なのだろうが、なんてふとした切なさに目を細める己の虫の良さに、思わず自分の心臓を握り潰したくなる。

「名前」
「ゆ、幸村…さ…、はぁ…!」
「ねぇ、俺の名前を知っているかい?精市だ。幸村、精市」
「ん…あ、いや…ぁ…は…精、市…様ぁ…」

太腿のしっとりと手に馴染む感触に浮かされて、カッチリ着こなす軍服の釦を空いた片手で一つずつ外していきながら、拘束から解放されると同時に崩れ落ちるように名前の首元に顔を埋めた。クセのある蒼髪が、雪のように白い肌に無造作に散らばる。あぁ、しどろもどろに紡がれるその響きに、余計なモノをつけないでくれ。歯痒さに声を震わせながら、愛しい人の温度に包まれて、映し疲れた瞳を静かに閉じた。

「…そんな呼び名は君の前ではいらない…せめてこの部屋の中では、君と対等でいさせてくれ」

言いながらそっと、指先で名前の敏感な部分に触れていく。前戯はたっぷりと、念入りに。

朝まで時間はまだ、沢山あるのだから。


end.
ーーーーー
50万打軍服幸村様…お待たせしました
軍服幸村様のこと書き始めたら長くなっちゃったので、分けて裏に続きます…(企画終わった後にでも)