信じる心、愛する心。

さて、ここで、問題です。
"3月5日は、どんな日でしょう?"

「花は土台が大事なんだ。肥料をあげすぎても死んでしまうし、かといって少な過ぎても死んでしまう。花によって、好みはそれぞれだろ?」
「うん」
「人も同じだ。見えない下の部分で合う合わないっていうのがあって、要はフィーリングの問題で、居心地の問題じゃないか。自分に良ければ綺麗に咲く」
「うん」
「…いや、ごめんね。俺、少し可笑しなことを言ってるかもしれない」

あぁ、美しい君が死なないように、俺がいつまでも、綺麗に咲かせてあげたい。

「…気にしないでね、名前」

なんて言い掛けた。長い睫毛の下で瞬きする円な瞳と目が合ってしまった瞬間、それまで流暢な文言を垂れ流していた口を噤んで、無意識に視線を逸らしたのは何故だろうか。

とある日の放課後、君と二人きりの静かな図書室で、自前の使い古した植物図鑑を机に思うまま広げていた。何度捲ったかわからないページの端が痛み始めているけれど、これまでの俺のガーデニング好きの軌跡を物語るようで、失くせない一冊となった。愛しい君と、愛読書と、最高にロマンチックなあの燃えるような夕焼けの空に酔っていたのかもしれない。君の前ではいつもカッコつけたがりで恥ずかしくなってしまって、今更、誤魔化すように笑う俺を君は笑いはしなかった。

代わりに、窓辺から差し込む夕日に溶けるように、優しく微笑んだんだ。

「ふふ、精市はまじめさんだなぁ」
「え?…まぁ、確かにそこまで軽率であるつもりは自分でもないけれど」
「そういうところが、なんだかまじめです」

くすくす、なんて口元に手を遣って、また小さく微笑む。はたと彼女が指差した先、ページにアイリスの花が描かれていた。アヤメ属の総称、放射総称で、大きな花被と剣のように尖った長い葉が特徴的な、見た目凛とした一種で有名だ。

「わぁ、きれいなお花」
「…アイリスか。そうだね、綺麗な花だ…フ/ラ/ン/スでは国花だし、王室の紋章に使われている。騎士の剣とも呼ばれる名花だよ」
「そうなの?詳しい…見て、このお花の色、深みがかった蒼だよ」

そう言って、名前はじっと俺を見つめてくる。彼女の瞳に映し出される俺の顔の、緊張してなんとぎこちない事か。しっかりしてくれ。

「精市の髪の色に似てるよ。すごくきれい」
「…え?あ、そ、そうかな?…ありがとう名前…」

カアァ…なんて、妙に照れ臭く耳まで真っ赤にしてしどろもどろに言葉を紡ぐ。全然男らしくない、君に攻められっぱなしな気がすると何もない宙に何気無く視線を泳がせるけれど、純真無垢な白百合は、アイリスの葛藤に気付かない。

「…君が好きなら、今度うちの庭で育ててみようかな。時期的には…四、五月か」
「素敵だね。お庭で、綺麗に咲くかなぁ」
「咲くさ。どんな花でも、愛情込めて手をかけてやれば」

言いながら、ふ、と目を細めて、綻ぶ可憐な一輪にひたむきな視線を送る。

「綺麗に咲くはず。俺はそう信じてる」
「…っ、せ、精市…?」
「ふふ。日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうか」

そうして、ぱたりと植物図鑑を閉じて、二人で図書室を後にした。

3月5日の誕生花、アイリス。
花言葉は、信じる心、愛する心。


end.
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ちなみにアイリスの葉は騎士の剣ですが、白百合は騎士の花なんだそうです。

いいなぁと思ったので簡単に書いてみました。短文乱文失礼しました!