左手の薬指は心臓、心臓は心、円な指輪は繰り返す永遠の証という。

あぁ、大切なお姫様。

貴女を遠い未来までお守りしたい。だから、どうかお傍にいさせてください…そうしてお姫様が差し出した薬指に、もし、触れる唇が『二つ』もあったらどうしましょう?それはまるで、私の手中に収まる黒薔薇と白薔薇のようでした。

咲き誇る二人の王子様、さぁ傅き、今こそ誓いの口付けを。舞い踊る幾千の花びらは見るものの視界を遮り、あらゆる全てを包み隠すでしょう。

そう、此処は、愛しくて奥ゆかしいモノクロの薔薇園。全ては私の思いのままに。

「…不二。キミさぁ、俺の可愛い名前が嫌がるから離れてくれないかな…」
「…何言ってるの?くすくす、幸村ってば、可哀想な勘違い癖がまだ治ってないんだね」
「は??何?この俺が何だって?」

口と目で殺し合う攻撃的な王子様だなんて、乙女の憧れるお伽話には、きっと登場してくれはしないだろう。

私の左手を取りながら何方が如何に優位に立つのかと、先程からいがみ合う彼らに口出す余地など無さそうだ。私から見て左に傅くのが黒のスーツを着た幸村精市くん、右に傅くのが白のスーツを着た不二周助くん。二人の胸元には、それぞれの色した一輪の薔薇が添えられていて似合いで美しい。…さて、何がどうしてこういう状況になったかなんて覚えていないけれど、今更もう戻れない気はしていた。

辺りを見渡すと、淡い桃色と細やかな白のレースを基調とする小洒落た空間が広がっていた。部屋の照明は薄暗く、室温は生温い。締め切られたカーテンはしんとしていて、その先に窓があるのかすらわからない。室内に点々と設置されたやたら豪勢なソファやテーブルの家具の中で、一際目に付いたのはすぐ傍にある、意味ありげなキングサイズのベッドだろうか。

「…ハッ!俺が可哀想な勘違いなら、君は面従腹背な腹黒だけどね?」
「くす、光栄だよ」
「ねぇ…君、もしかして喧嘩売ってる?」

え、ええと…。

終わらない二人のやり取りを気に掛けつつ、今度は自分の身体に視線を落としてみる。

所々控えめにフリルのあしらわれた白のネグリジェを身に纏っていて、動くと膝上で軽い裾がひらひらと揺れた。完成された清楚なデザインにぼんやりとしながら再び視線を上げた矢先、ふと目があったのは精市の方で、彼は少々不満げに呟く。

「…名前。どうして不二なんか呼んだんだい…俺と二人で良かっただろ?」
「え、え?呼んだって…」
「呼んだんだろ?君が、彼を。名前は優しいからね…でも、俺は君と二人きりが良かったのに」

顰めっ面で問い質されても、私といえば現状を良く分からずに首をかしげるばかりだ。はて、呼んだ、というのはどういうことなのだろうか……困り顔で口を噤むと、今度はそれを察した周助が声色穏やかに話し掛けてくれる。彼は女性も羨むような長い睫毛で数度瞬きしながら、王子様のお手本みたく優しく微笑んだ。

「名前ちゃん、気にしなくていいからね。元気を出して」
「しゅ、周助」
「ねぇ、でも…僕と二人じゃ嫌だった?どうしてここに幸村を呼んだのかな。あのね、決して、君を責めるつもりはないんだけれど…」
「え…?」

おかしいな、彼もまた同じような事を言っているみたい。否、おかしいのは私の方なのかもしれないと胸が騒めき始めるけれど、考えたところでどうしても思い出せない。それに何故だろうか、この地に足つかない奇妙で歪んだ世界に迷い込んでしまった感覚が、妙に心地良いことに気付く。

そうか…私は少なからず満足しているのだ、この展開に。

「…あっ、あの、二人とも、わたし…」
『愛してる、名前』

言いかけたタイミングで、私の左手の薬指に、我が物顔で口付けてくる二人の王子様を見下ろしたところでハッとした。

あぁ、まさかこれって、もしかして。

「…っ…せ、精市、周助…っ」

二つの名前を音にすれば、ドキドキする。

私が二人を無意識に求めたから、二人を無意識にこんな所まで呼んでしまったのかもしれない。"まさか、無意識な、私の欲望を叶えるためだけに?"だとしたら酷い話だ。

「名前」
「名前ちゃん」

思いついてしまえば、それは無意識と呼ぶには、自分の中であまりにも確信的だった。やがて短い口付けの後に、すぅと顔を上げた二人の面持ちに、イけないスイッチが入ったのを見る。

そう、此処は、愛しくて奥ゆかしいモノクロの薔薇園。全ては私の思いのままに。

『それじゃ、始めようか』

薔薇を生かすも殺すも、私次第の世界ということ。ここが私のつたない精神世界というのなら、次に選ぶ答えは、きっと人には言えない、後ろめたいものかもしれない。

それじゃ、始めようか。


end.