知らない子


こんばんは!…で、合っているんでしょうか?
僕は前田藤四郎と申します。今回は僕の番みたいですね。
こういう話はあまり得意ではないので、皆様のご期待に添えるかどうか分からないのですが…えっと、とりあえず僕の体験した話を語らせてもらおうと思います。

それは僕が顕現されてからそう日が経っていない頃でした。
僕の本丸では、主君のご意向で月に一度、必ず全員非番で過ごす日を設けて頂いていたんです。戦闘や内番で疲れた体を癒したり、新しく顕現した仲間と交流を深めたり、過ごし方は各々自由なので、僕たち粟田口は他の刀派にも声をかけて短刀だけの隠れ鬼をすることにしたんです。
隠れる場所は本丸の敷地内限定なので、僕の兄弟達は押入れに潜んだり天井の梁の上に登ったり、各々好きな場所に行きました。僕が隠れたのは、増設されたばかりの蔵の中です。
主君が政府に頼んで新しく作ってもらった蔵の中にはたくさん資材が積まれていました。お運びするときに僕もお手伝いしたので、その中にちょうどいい隠れ場所があると知っていたんです。
その蔵には入り口以外、壁の高い位置に鉄格子付きの小さな窓があるだけでした。その窓は蔵の風通しように作られているものだったので、僕たち短刀はもちろん、薙刀の岩融様や大太刀の方達も覗き込めない位置にあって、探しに来れるのは入り口からのみ。誰かが探しにくればすぐに気付けるのでこっそり抜け出せる、絶好の隠れ場所だったんですね。

そこに僕が隠れてから、時間が経っていく毎にどんどん見つかっていく兄弟や他の短刀達の声が増えていきます。見つかった時点で隠れるのは終わりで、鬼と一緒に他の短刀を探す遊び方なので、まだ見つかっていない者の名前を呼びながら駆け回ったり、隠れやすい場所の戸を開け閉めする音がところどころで聞こえてきました。
でも、僕が潜んでいるその蔵の近くには誰も近づいてくる気配がないんです。蔵の周りには砂利が敷いてあるので、誰かが来ればすぐに気付けるはずなのに。僕たち短刀は隠蔽力が高いので気配を消すのは得意ですが、同時に察知能力も高いんです。どれだけ足音を消そうとも砂利を踏む音が全く聞こえないのはおかしいと思いました。そんな風に考えているうちにもどんどん時間は経っていきます。気付けば、隠れ鬼を始めたときには天辺に登っていたお日様も随分と沈んでいて、黄昏時の紅い陽の明かりが窓から差し込んでいました。
こんなに時間が経っているのに誰も探しに来ないなんて、流石におかしいです。いつの間にかみんなの声も聞こえなくなっていたので、探すのを諦めて隠れ鬼をやめてしまったのかもしれない。そう思って隠れ場所から出てみると、いきなり頭上から声がしました。
「前田、みーつけた」
声がした方を見上げると、窓の鉄格子を握りながらこちらを見て笑いかける縺ヲ縺吶がいました。
「早く出ておいでよ、一緒に帰ろう」
ああ、よかった、やっと見つけてくれた。僕は少し心細くなっていたので、縺ヲ縺吶の呼びかけに答えてすぐに蔵の出口に向かいました。そこには先回りしていた縺ヲ縺吶が待っていてくれて、差し出された手を取ってみるととても冷たいことに驚いたんです。
「縺ヲ縺吶、とても手が冷たいですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
今思うと、何が大丈夫なのか全くわかりませんが、僕は縺ヲ縺吶の言葉に安心したのを覚えています。そして彼と手を取り合って向かったのは、なぜか本丸の屋敷とは正反対の森の入り口でした。
他の本丸はどうか分かりませんが、僕の本丸の領域には深い森があるんです。でも、そこはどうやら結界の外らしく、主君ですら政府の特別な任務がある時以外は立ち入ることを許可されていません。そういう場合でも、事前に政府から手配された結界師に特殊な呪術を施してもらわなければ入ってはいけないんです。それなのに縺ヲ縺吶はするすると森の中に入っていって、ついていかない僕を不思議に思ったのか「どうしたの?早くおいでよ」と手招きしてきました。
縺ヲ縺吶が待っている。早く行かないと。そう思うのに、なぜか足が地面に縫い付けられたように動けません。僕を待っている縺ヲ縺吶の背後の森から、底知れない闇が迫ってきているような気がしました。
縺ヲ縺吶は相変わらず森に近づかない僕に痺れを切らしたのか、ついにこちらへやってきて僕の手を掴むと森の入り口へと引っ張って行ったんです。「ちょっと待ってください」と頼んでも、グイグイと引っ張る縺ヲ縺吶の足は止まらず、その力はとても強くて振りほどけません。これはまずい、とやっと気づいた時でした。

「おい、お前、前田か?!前田なのか?!」
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはとても驚いた様子の薬研兄さんがいて、こちらに駆け寄ってきたんです。
兄さんが僕の前にやってくる前に、ふと僕の手を掴む力が消えたと同時にハッキリと聞こえたんです。縺ヲ縺吶の「もう少しだったのに」という声と、小さな舌打ちが。
驚いて振り返ると、そこにはただ暗い森の入り口があるだけで縺ヲ縺吶の姿はどこにもありませんでした。
「本当に前田なのか?!お前、今まで一体どこにいたんだ?!」
僕の目の前にやってきた薬研兄さんは普段の冷静さからは想像もできないほど取り乱していて、僕の体に怪我や異常がないかくまなく調べました。僕は正直に隠れ鬼の最中に蔵に隠れたこと、誰も探しにきてくれなくて心細くなっていたときに縺ヲ縺吶が見つけてくれたこと、縺ヲ縺吶と一緒に屋敷に帰ろうと思ったらなぜか森の中に連れ込まれそうになったことを話したんですが、薬研兄さんは今度はとても怪訝そうな顔をしてこう言ったんです。
「縺ヲ縺吶って誰だよ?」

結局、訳が分からないまま薬研兄さんと一緒に屋敷に帰ったんですが、その道中に聞いた話はとても信じられないものでした。
まず、その日の隠れ鬼の鬼役は薬研兄さんだったんですが、兄さんが待ち時間の数を数え終わっていざ探そうと思ったとき、真後ろには僕がいたそうです。なぜ隠れないのかと聞くと「僕も鬼になって探したいです」と言ったらしく。不思議に思いながらも、それならと提案を受け入れて一緒にみんなを探し、隠れ鬼は八つ時前には終わったそうでした。
ちょうど八つ時のお菓子が出来上がったと燭台切さんの声がかかったので、みんなで厨に向かったそうですが、用意されたお菓子を配ってもらったところなぜか一つだけ余ったお菓子。誰がもらっていないか確認したところでようやく忽然と姿を消したことに皆さん気付いたらしいです。
さっきまで一緒に遊んでいた、と短刀の証言もあったので、
全員で本丸中をくまなく探しても僕はどこにもいなかったそうで。そうして僕がいなくなったその日から、随分と月日が経っていたそうです。

でも、そんなはずはありません。僕が隠れていた時間は日が高いうちから黄昏時までのほんの数刻だったはずなのに。
そう思いましたが、本丸で初めて顔を合わせる人数の多さに、薬研兄さんの話を信じざるを得ませんでした。

後日談ですが、あの日遊んでいた短刀も含めて皆さんに聞いて回ったところ、誰も縺ヲ縺吶のことを覚えているどころか、そんな子見たことも聞いたこともない、と全員が口を揃えて言いました。逆にどの刀派か、刀種なのか聞かれて答えられないことに気付いたんです。
あの時、僕を見つけた縺ヲ縺吶は一体誰だったのでしょうか。

それと、もう一つ気付いたことがありました。
縺ヲ縺吶はどうやって砂利の敷かれたあの場所に足音一つ立てずにやってきて、長身の岩融様ですら届かないあの窓から顔を覗かせたんだろう、と。