穏やかな時間

本日は晴天なり。
暖かい春の日差しと柔らかな風に吹かれ、縁側で茶を飲みながら名前はホッと息を吐いた。一通りの仕事も終え、ようやく休憩できる時間。普段は離れの自室で過ごす事が多いのだが、外の穏やかな陽気に誘われて本丸の縁側へと足を向けたのだ。
だが今日は珍しく先客の刀剣男士達の姿は見当たらない。ここ最近は皆で桜の大木の下に集まっている事も多いようなので、恐らく今日も例に漏れずどんちゃん騒ぎでもしているのだろう。
彼らの特等席を借りて、のんびり日光浴でもしていこう。そう思った時だった。
「ぬしさま、ぬしさま、やはり此方に」
足音もなく近付いて来た声の主は、小狐丸。
豊かな自慢の毛並に陽の光をいっぱいに浴びて、キラキラと反射するその姿が眩しい。名前を見付けた嬉しさを隠しもせずに笑みを浮かべながら隣へと駆け寄って来た。
「凄いね、私が此処にいるってわかって来たの?」
「勿論、この小狐がぬしさまの匂いを嗅ぎ逃すとお思いですか?」
なるほど、匂いに釣られてやってきたと言うわけか。小狐丸の甘えたっぷりには既に慣れっこの名前。それもそうだね、と一言返すと視線を庭に戻し、また明るく輝く日差しに目を細めた。すると、隣に腰を下ろした小狐丸は躊躇する事もなく名前の肩に頭を擦り付けてくる。
「ふふ、なぁに?」
「ぬしさま、早よう撫ぜて下され、いつものように」
「本当に甘えんぼさんね」
身体ばかりは名前を覆い被せる程の体格差だというのに、ぬしさま、ぬしさま、と繰り返しながら擦り寄る姿はまさに甘える獣そのもの。名前がそっと髪を一撫でしてやれば、気持ち良さそうに喉奥で唸りながらもっと、と自ら頭を寄せてくる仕草が可愛らしいと思ってしまうからずるい。
「ぬしさまの手は何故これ程までに心地好いのでしょう」
問い掛けというよりは夢見言のような、悦に浸った声音で漏らす小狐丸。
そのまま名前の膝に頭を乗せ、腹部に顔を埋めながら腰に抱き着く男士の頭を名前はただ静かに撫で続けた。
柔らかな感触の銀髪に指を通すと、手入れの行き届いた髪は何の抵抗もなくサラリと通り抜けていく。かつて名前が小狐丸の毛並みが好きだと伝えてから、彼は丹念に櫛を通して手入れを欠かさないらしい。その真っ直ぐな従順さがまた可愛く、名前もつい甘やかしてしまうのだ。
「こうしてぬしさまと過ごす一時一時が、小狐の至福の時間なのです」
「ありがとう、私も小狐丸といるときが幸せよ」
そう言ってやれば腰に抱き着く腕にグッと力が込められる。鍛え上げられた腕力で力強く締め付けられるとやはり息苦しさは感じるが、それでもこの時間は彼の思うままにさせてあげよう。手を止める事なく緩やかに撫で続けていると、逞しい腕の拘束が少しだけ解け、それと同時に穏やかな規則正しい寝息が聞こえてきた。
「小狐丸…?寝ちゃったの?」
「───………」
名前の問いに返ってくるのは相変わらず静かな寝息だけ。この暖かい日差しが降り注ぐ縁側で、膝の重みが心地良いのもまた事実だ。
もう少し。もう少しだけ、このままでいよう。
普段よりも幾らか幼い寝顔を覗かせる小狐丸の髪をゆるりと撫でながら、名前は穏やかな時の流れの中で小さく笑みを浮かべていた。

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