かなしい刃

※死ネタ注意

最期は貴方の刃で。
いつの日か呟いていた名前の言葉が、頭の中で反芻していた。
「ねえ、お願いよ、叶えて」
名前が病に倒れてから、そう長い時間は経っていない。それでも彼女の体内に巣喰い、内側から無慈悲に生命を蝕んでいく病魔は驚くほどに早く身体の機能を奪っていった。元から華奢な身体は更に痩せ細り、もはや自力では起き上がる事すらも出来ない。
本丸に住まう刀剣達は皆一丸となって名前の病を治そうと、薬の研究や治療方法について調べ尽くしたが、それでも回復の決め手となるものは見つからなかったのだ。
今はもう、自室でただ床に伏せたまま残された時間を静かに過ごす毎日。そして名前の隣には、小狐丸が片時も離れず寄り添っていた。
「ぬしさま、御白湯を用意させました。少しでも口にして頂けませぬか」
「何もいらない…いいの、貴方がここにいてくれるだけで」
「…この小狐、ぬしさまの御傍から離れる事など決してありませぬ」
ありがとう、と呟く名前の声は酷く掠れたか細い囁き声。かつては凛と響く涼やかな声で名を呼んでくれた彼女のその声が、今はもう生命の灯火の儚さを表すようで、小狐丸は無意識にギュッと唇を噛み締めた。
「辛い思いをさせて、ごめんね」
彼女を蝕む痛みを、苦しみを、取り除く事すら出来ないその手に悔しさが現れていたのだろう。いつの間にか堅く握り締めていた小狐丸の拳に、冷んやりとした名前の手が力なく重なった。血の気の通いを感じさせない真っ白なその手を優しく握り返しながら、小狐丸は彼女の言葉の意味にまたズキリと胸を貫く痛みを感じてしまう。
「貴方を、皆を…傷つけてしまって…本当に、ごめんなさい」
「ぬしさま、どうか御自分を責めないで下さいませ」
そうだ。
彼女が己を責め続けている事が本当に辛い。だからこその言葉を返した小狐丸に名前は悲しげな笑みを浮かべると、そっと彼の本体───腰元に差した太刀に手を伸ばした。
「───っ、ぬしさま…!!」
「思い出して、小狐丸」


"最期は貴方の刃で"


幾度も幾度も反芻した彼女の言葉が、また今一度、頭の中に響き渡った。
「…それを…それを御望みなのですか、ぬしさま」
もはや聞かずとも名前の返答はわかっていた。微かに震えた小狐丸の声が届くと、彼女は穏やかに微笑みながら頷く。耐え切れない身体の苦しみから、痛みから、どうか解き放って欲しい。想いを通わせ合った、愛しい愛しい相手のその手で。
「小狐丸、お願い」
返答の代わりに、小狐丸は逞しい片腕で名前の身体を力強く抱き寄せた。空いた片手には、二人の涙の雫を受けてキラリと輝く太刀を構えて。
男の腕に抱かれ、心地良さげに目を閉じて最期の瞬間を待つ名前の身体が彼に貫かれたその時、二人の溢れる涙と共に桜の花弁が静かに舞い散っていた───

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