この先には何があるの

「ぬしさま、こちらですよ」
もうどれのくらい歩いたのだろう。足が疲れて棒のようだ、とはまさに今の状況の事だ。とてつもなく長い時間歩いて来た感覚なのに、小狐丸の足は止まる事なく先へ先へと歩んで行く。本丸を離れ、案内されるままに着いて行くとそこは深い深い森だった。月は明るく照っていたはずなのに、いつの間にか木々に覆い隠されて足元すらまともに見えない程に暗くなっている。
「ねぇ、待って、もう少しゆっくり…」
「こちらへ。ぬしさま、こちらです」
どこか恐怖すら感じるほどの静寂の中、小狐丸の声だけが反響してすぐ側で聞こえてくるような、それでいてとても遠くから囁かれているような不思議な感覚。私の数歩先を歩いていたはずの小狐丸の姿は、一瞬足元に向けた視線を上げ直した瞬間に消えてしまっていた。
辺り一面、見回してもどこまでも暗い黒一色。足を踏み出す度に地面の草葉が擦れるカサリという音が、やけに大きく響いている気がする。こんな暗闇の中、ただ一人取り残された不安が急激に体を支配していった。怖い。どこにいるの。一体どこに向かっているというの。伸ばした手の先に触れたのは露に濡れた葉の冷たさだけ。
「小狐丸…どこ…?」
「そのままこちらへ。もう少しですよ、名前様」
「……え……───?」
確かに聞こえたのは私の真名。何故彼が私の名を───停止した思考回路と共に、私の足も自然と止まる。それでも聞こえる枯葉を踏み締めるもう一人の足音。彼だ。小狐丸だ。
逃げなければ、と本能が叫ぶ。刀剣男士に真名を知られてはいけない───決して。彼らは神なのだから。人の子の力など到底敵わない、人知を超えた存在なのだから。それが破られた今、逃げなければいけないというのに体は楔で縫い止められたように動こうとしない。誰か助けて───声にならない呼吸音だけが唇からか細く溢れていった。

「逃がしませんよ」

不意に耳元へ届いた彼の声。もはや周りの木々の影すら見えないこの暗闇の中、確かに其処にいるのは私と小狐丸の二人だけ。この先にあるのは、そう、この先に続くのは───

「共に堕ちましょう。名前様」

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