例えそこに心がなくとも

「御慕いしております、ぬしさま」
そう囁きながら私を抱き寄せる彼の温もりが身体に染み渡っていく。狐の眷属である小狐丸はやはりその体温も獣のように高温なのだろうか。先程の情事で互いに襦袢は剥ぎ合い、一糸纏わぬ姿となった今はしっとりと汗ばんだ人肌の感触が心地好い。こうして彼と肌を重ねるようになってからもうどれ程の時が経ったのだろう。初めてその日を迎えてからというもの、彼がこの部屋を訪れなかった日はない。寝苦しい暑さに魘される夜も、涼やかな秋の夜風が吹く夜も、しんしんと雪が積もる凍える夜も彼はいつもと同じように私を抱きにやって来た。
「心から御慕いしております。この小狐の身も心も全てぬしさまの御手の中」
そうしてこの身に有り余る程の愛の言葉を囁くのだ。それに私が決して応えられない事も承知の上で。
「───……小狐丸、もう…」
「ぬしさま」
もう、終わりにしましょう。そう告げようとする度、それを察しているのか小狐丸の声に遮られてしまう。いや、私は寧ろそこまでを予想した上で言っているのかも知れない。決して手に入らない"あの人"への愛を失った穴を、小狐丸の気持ちで塞いでいる。彼を利用している。それがどれ程に酷な事かと分かっていながらも、自分の傷を埋める為にこうして小狐丸の気持ちを確かめながら必死に正気を保っているのだ。
その後ろめたさから、無意識に目を伏せていたからかも知れない。気付くと小狐丸の手は私の腰を撫でていた動きを止め、そこからするりするりと滑って顎の下へと到着するとそのまま優しく上を向かせられる。視線の先には端正な小狐丸の顔立ち。その表情は、どこか寂しげで。
「何も言う事はありませぬ。私が貴女様を御慕いする気持ちは永久に変わる事はありませんよ」
そう告げる唇が私の唇を暖かく包み込むように重なった。触れては離れ、また吸い寄せられるように重なり合う。角度を変える度に鼻先が触れて擽り、思わず漏れる吐息は彼の口内に奪われた。ちゅ、ちゅ、と音を立てながら交わし合う口付けはやがて情欲を煽る水音を奏でながら互いの舌を絡め合う深い深いものへと変わっていく。
「───ん、ん…ぅ…っ…」
「…ぬしさま…」
私を呼ぶ声は切なさの中に確かに秘めた欲望の炎を灯して。いつの間にか絡め合わせていた脚の間に、彼の熱く脈打つ欲の塊の存在を感じた。まだ明けそうにない夜の帳の中、私は再び彼を受け入れてしまうだろう。それが想いを通じ合う者達のそれとは意味が異なるものだと分かっていても、それでも───私は心の奥底で疼く痛みを忘れる為に、覆い被さるように私を抱き締める彼をまた利用するしかなかったのだ。

return