この部屋からお逃げなさい

「つるまる…、さ…ん…?」
腕の中の華奢な身体は恐怖からか、それとも驚愕からなのか、小さく小さく震えていた。己を閉じ込める男を呼ぶ声は今にも消え入りそうな程にか細く、長い睫毛に縁取られた瞳には妖しく煌る黄金の瞳を映して。
暗い暗いこの部屋で、彼女を縛り付けるその腕に今一度力を込めれば、小さな子供のように未熟な身体は面白いようにびくりと跳ねた。
「……っ、…いたい…っ」
遠慮無しに力が込められるその腕は次第に名前の身体に深く食い込み、心地の良い抱擁感を超えてやがて苦痛へと変わっていく。男と女ではこうも力に差があるものなのだろうか。他の刀剣達に比べれば随分と華奢な見た目からは想像もつかない程の力強い腕力に、そして己を見下ろす黄金色の瞳に、名前が感じていたのは、確かな恐怖そのものだった。
「名前」
低く、響く男の声はこの部屋のように何処までも暗く深い音。
その声を皮切りに、名前の大きな瞳に一杯に溜まった熱い雫が頬を伝い落ちると、その一滴すら逃さぬように彼の舌がゆっくりと舐め上げていく。生温い舌先が名前の肌を心底愛おしげに這い上がり、やがて新たな涙の滴が溜まり始めた目尻に辿り着く頃には、彼女の思考は彼に対する畏怖だけで満たされていた。
「なあ、主」
「…っ……は、い……」
名前を呼ぶ声は、最愛の者への尽きる事の無い愛で満たされていた。
そしてそれに続く名前の声は、涙に濡れてか細く震えた小さな音。
「俺を愛しているか?」
ちゅ、ちゅ、と静かに音を立てながら、頬に、瞼に、鼻先に───惜しみ無く注がれるその口付けを受けながら、名前は最早たった一つしか許されないであろう答えを震える声に必死に乗せた。
「あい、して…います…っ…愛しています、…っ…!」
こくこくと小刻みに頷きながら、何度も愛を伝える名前に鶴丸は心底満足気な笑みを浮かべた。腕の中のこの小さな身体は、己への愛と恐怖心で満ちているのだ。最早逆らう意志すら見失ってしまう程に。ただただ、愛おしかったのだ。柔らかな髪も、桜色の小振りな唇も、己を映す澄んだ瞳も、全てが愛おしく、欲しかった。自分だけの物になれば良いと、数え切れない程に願ってきた。
「俺も愛してる。愛してるんだ」
繰り返し、愛を告げるその唇は誘われるようにもう一つの唇へ重なっていく。柔らかなその感触を味わい、幾度も離れては重なり合うその度に深く官能的な口付けへと変わっていった。

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