恋慕も過ぎればただの闇

「はは、驚いたか?」
「………」
ええ、驚きましたとも。呼吸を忘れてしまう程に。
目を見張って言葉を失くす私を見て、鶴丸はとても満足気に笑っている。その手には刀。彼の刀。彼自身。それは鮮やかな赤に濡れていて。
「───…それは一体」
「あぁ、存外美しい赤で驚いたか?俺もだ、あの腹の中にはどす黒い中身が詰まっていると思ったんだがなぁ」
それは当たり前の事だ、と告げたところで彼が理解するとは思えなかった。人の身体で顕現されたとはいえ、結局のところ彼は神であって人の子ではないのだから。人間の体の仕組みなど知らない、知ろうとも思っていないのかも知れない。だから切ったのだ、"腹黒い"と名高い別の本丸の審神者───うそぶいてばかりで、女好きで、人を弄ぶ能力に長けていた私の将来の伴侶となる予定だったあの男を。
「なぜ、」
「それは愚問というものだろう?」
分かっていても聞いてみる。だが答えはそんなもの。そうだ、これは愚問だ。なぜ鶴丸があの審神者を斬り捨てたのかなど、私は安易に想像がついていたのだから。今頃あちらの本丸は大騒ぎになっているかも知れない。審神者が何者かによって腹から真っ二つだ、騒ぎにならない方がおかしい。政府の調査によって其処に残った霊力からこちらの鶴丸だと断定され、首が飛ぶのも時間の問題だろう。その前にせめて荷物の整理だけでもしておこうかと立ち上がると、私の体は刹那の間に鶴丸の腕の中へと閉じ込められてしまった。
「どうしたんだ、主」
「いや、政府に責任追及される前に部屋の整理でもしておこうかと」
「その必要はないさ。そうなる前に俺が隠してやろう」
「私の真名も知らないくせに」
「君の真名がなければ隠せないとでも?」
そうなのか。これまた純粋な驚きだ。しかしまぁ、それもそうかも知れない。所詮人の子がどう足掻こうと、神にとっての神隠しなど真名がどうたらこうたらと言わずともその気になれば赤子の手を捻るよりも簡単な事なのだろうか。もはやこの神に愛されてしまった時点で私の運命の行く先は決まってしまっていたのだろう。逃げる事など最初から叶わないと分かっていた。そうだ、もう、私にできる事など何もない。せめて人の子は人の子として、同じ人間と添い遂げる運命なのだと伝えるために目をつけたあの本丸の審神者さえこうして斬り捨てられてしまったのだから。
彼には悪い事をしたなぁ、とぼんやりと考えていると、不意に降ってきた鶴丸の口付け。それを受け入れながら、私はこれから辿るであろう運命に思いを馳せていた。まったく、恋慕も過ぎればただの闇だ───

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