この刃の逝く末

けほけほ、と乾いた咳が唇から漏れ出した。今日の風は普段よりも一段と冷たい。「御身体に障りますよ」と軽い注意と共に前田が用意してくれた羽織物と熱めの御茶ももうすっかりと冷え切ってしまっている。舌に触れる生温い茶を飲みながら、私は縁側から見える景色に思いを馳せていた。本丸の庭に植えられた木々達は一様に枝の葉を散らし、もうすぐ訪れる冬の気配を感じさせるその姿は寂しく寒々しい。ぴゅう、と音を立てて吹いた木枯らしがまた一枚、二枚と枝の葉を木々から剥ぎ取っていく。色を無くしていくその様子が、今の自分と重なるようで。私の唇からは知らず知らずのうちに小さな溜息が溢れた。
「また此処に居たのか」
「───…鶴丸」
不意に声を掛けられた方を振り返ると、そこにはまるで冬を連れて来たかのように純白の衣を纏った鶴丸国永が立っている。彼は言葉通りに呆れたような表情を携えながら隣に腰掛けると、自然な所作で自身が纏っていた上着で私の身体を包み込んだ。
「身体が冷え切っているじゃないか。もう部屋に戻ろう」
「良いのです、私は大丈夫。まだ此処にいさせて」
「全く君は……もっと身体を大事にしないか」
そう小言を言いつつも、私の望み通りにその場から無理矢理に連れ出そうとはしない。その鶴丸の優しさが、木枯らしで体温を奪われた身体の内側に熱を生み出してくれるようで心なしか温かく心地好かった。
「それで、こんな所で身体を冷やして一体何をしていたんだ?」
「何を、という訳ではないのです。ただ此処の景色を見ていたくて。あとどれだけ見られるかも分かりませんから」
「───………」
少し意地悪な言い方だっただろうか。隣で押し黙ってしまった鶴丸を見てそう思うが、しかしこれは紛れもない事実なのだ。この身体は随分と前から自然の摂理から外れた速さで死へと向かっている。政府が調べた結果では、現代医学では投薬で進行を緩やかにする事しか出来ない難病らしい。その上この本丸を維持する為に常に霊力を垂れ流しているのだ、常人では考えられない速度で寿命の灯火を燃やし続けているのだからそれも当然だというべきかも知れない。だからこそ、この景色を目に焼き付けておきたい。審神者となって得た幸せな思い出が詰まったこの場所を。
「……なぁ、今からだって遅くはない。君の真名さえあれば、俺が───「その話はもうしない約束でしょう?」
あれはいつの日だっただろうか。私の命がそう遠くない未来で散りゆく運命だと告げたその時、彼はこう告げたのだ。「君の真名があれば隠してやれる」と。それはつまり、神域に連れて行くという事。この現実から、この身体から魂を解き放ち、彼らの住まう場所へと還るという事。そうすればもう身体を蝕む病魔にも、苦痛にも怯える事はないのだと。この変わらぬ幸せが永久に続いていくのだと彼は言った。だが、それを私は断ったのだ。
「私は人の子です。人の子はこの世に生を受けた時から誰一人例外なく死へと向かい、そしてこの地上でその命を終える。それが自然の摂理です。私だけが例に漏れる事は赦されない」
だから私はせめて此処で終わりたいのだと鶴丸に告げた。この場所で、苦楽を共にした皆に見守られ、叶う事なら心を通い合わせた彼の腕に抱かれながら。
「───…でも、」
「………?」
「その時には貴方と共に終わりたいと願えば、一緒に終わってくれますか?」
一瞬、驚愕で見開かれた鶴丸の瞳に映った私の笑顔は思ったよりもずっと切ないもので。こんな顔を彼に見せたくなどないのに───それでも鶴丸は次の瞬間にはとても優しげな笑みを見せて。
「君がそう望むなら」
そう告げて、私を腕の中に閉じ込めた。薄く筋肉のついた彼の胸板に耳を寄せると、確かに規則的な鼓動を奏でる彼の心の音が聞こえる。その心地好い音色は、私と共に止まってくれるのだろうか。無意識に目尻から零れ落ちた涙に気付かれないように、私は鶴丸の胸板に顔を埋めながら彼の温もりに身を委ねた───

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