お召しになって

「───39.2度。下がりませんねぇ」
上昇するばかりの体温を告げると、布団の中の彼は普段の穏やかさからは珍しく微かに顔を顰めた。
最初に膝丸から報告を受けた時はまさかと思ったものだけれど、急いで髭切の自室に行ってみればそこには気怠そうに布団に横になる髭切がいて。その顔はどこか熱っぽく赤らんで、苦しげな咳も絶えず続いている。人の身を与えられてから初めての風邪。その対処方法など分かるはずもなく、慌てて私に救援要請を送ったのだろう。
彼の体調が悪いのは一目瞭然だし、そもそも咳を繰り返しているのにマスクも無しでは他の刀剣男士達に風邪を移してしまう。彼らはもう物言わぬ無機物ではない、人の身体を与えられているのだ。当然、腹も空くし怪我をすれば痛みも感じる、そして無理がたたれば体調も崩すというもの。
「何か食べたいものとかありますか?」
「うーん…ない、かなぁ」
「薬研に膳じてもらった風邪薬はあるのですが…飲む前に少しでも何か食べないと」
「人の身というのは随分と不便だね」
「あれだけ無茶はいけないと言っていたのに聞かなかった罰ですよ」
「あはは、主は厳しいなぁ。まあ寝とけば治るんでしょ?」
「え、あ、ちょ…っ!」
言うが早いか髭切の大きな手は私の腕を掴んでいて、少しばかりの抵抗も虚しく簡単に布団の中へと引きずり込まれてしまった。
どこか浮世離れした掴み所のない雰囲気からは想像しにくいが、意外と逞しい腕はしっかりと腰に絡み付いて離してくれそうにもない。こうなってはもうお手上げだ。大人しく彼の胸に擦り寄ると、私を包み込む腕に優しく力が加わった。
「髭切、寒くないですか?大丈夫?」
「平気だよ」
「そうですか」
いつもよりずっと間近にある髭切の顔はやはり少し赤らんでいて、呼吸も浅く苦しげなもの。こんなに近くにいるのに、何も出来ない自分の非力さが悔しい。せめて少しでも楽になって欲しいと願って、大粒の汗が濡らす額や頬に手を当てると驚く程に熱を持っていた。
まずは熱を下げなければ、このままでは食欲も湧かないだろう。即席で氷嚢でも作ろうと起き上がろうとしたものの、それは手首を掴む彼の手によって簡単に阻止された。そのまま私の手を頬に持って行くと、上気した肌に手のひらを押し当てて髭切はゆっくりと瞼を伏せる。
「…髭切?」
「主の手、冷たくて気持ち良い」
「私の手が冷たいんじゃなくて、髭切の体が熱いんですよ」
「それでも良いよ」
触れ合う箇所から伝わる熱は相当なもので、それでも私の肌との温度差は確かに少しばかり苦しさを取り除けているようで顰められた彼の表情は幾らか和らいでいた。それならば、と更に距離を詰めて額と額を擦り付けてみると、自然と鼻先同士がぶつかり合う。その感触がくすぐったくて愛しくて、目を閉じると先程よりもずっと近くに髭切の吐息を感じた。
「名前」
「…髭切…」
お互いの名を呼び合えば、それを合図に彼の唇に呼吸を奪われる。
感触を確かめるように繰り返し角度を変えて口付けを交わすと、熱を含んで欲に濡れた髭切の舌先が私の唇の割れ目をこじ開けようと強く押し付けられた。普段であれば喜んで受け入れるのだけれど、何せ今日の彼は病人なのだ。無理をさせる訳にもいかず、少し名残惜しい気持ちを押し隠してゆっくりと唇を離した。
「…髭切、だめ」
「どうして?」
「どうしてって…髭切、風邪「関係ないよ」
僅かに見せた抵抗も、言葉を遮った彼の唇によって途端に意味を無くしてしまう。今度は距離をとる事すら許されないような力強い口付けで、小さな綻びすら見逃さない舌は僅かに開いた隙間に入り込み一瞬で私の口内へと侵入して来た。
「っ、ん…っふ…、んぅ…っ!」
髭切の舌はそれ自体がまるで生き物のようで、歯列の裏に引っ込めた私の舌先を簡単に絡め取り柔らかく擦りながら下腹部を疼かせる刺激を与えてくる。頭にジンと響く口付けは私から抵抗の意思を奪うには十分で、どちらの唾液かも分からなくなる程に粘膜を絡み合わせながら互いの唇を貪り合った。
甘く痺れる体はその先の欲望に従順で、彼の首に腕を絡ませるとそれに応えて私の上に覆い被さる愛しい重みが更なる期待を生み出すのだ。
「ぁっ…ひげ、きり…っ」
「…そんなに僕の体が心配だったら、早く治す手伝いもしてくれるの?」
「ぇ…?てつ、だい…?」
「薬研から聞いた事があるんだよね。人の体って、熱が出た時はたくさん汗をかくと早く治るんだよね?」
私を組み敷いて見下ろす彼の瞳には、もう消す事の出来ない欲情の炎が灯っている。楽しげに笑う彼の唇から覗く犬歯が私の背筋をぞくりと震わせた。この先への期待に胸が高鳴るのを抑え切れない私の方が重度な病に侵されているのかも知れない。
既に服の中へと忍び込んで来た体温の高い手が、私の体をゆっくりと撫で回す感覚がまた体の奥を疼かせる。彼自身に教え込まれた悦びを早くこの身体に与えて欲しくて、腰に脚を絡め付けながら甘い甘い口付けをねだった。

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