きみを大切にしたい

膝丸が重症で帰還して来たのはまだ日も高い位置にある時間だった。
彼はこの本丸に来てからそう日が経っていない。故に練度も他の刀剣と比べてかなり低いのだが、彼の兄である髭切を探すにあたって自分も部隊に入れて欲しいと聞かなかった。何とか宥めてやり過ごしてきたが、煮え切らない私の態度に遂に膝丸が他の部隊の出陣にこっそり着いて行ってしまうという事件が起きたばかりだったのだ。その時は部隊に練度の高い刀剣がいた為、膝丸も無傷で帰って来れたが、また同じ事を繰り返されては堪らない───そう思って今日は膝丸以外を最高練度の刀剣で編成し、髭切捜索に出発させたのだが。
「……主、すまない……」
か細い声で膝丸は告げる。既に日は暮れ、どっぷりと夜の帳に包まれた手入れ部屋で彼は体を横たえたまま痛みに顔をしかめていた。
「まだお辛いでしょう?安静にしていて下さい」
「だが、俺が無理を言ったせいで…」
自分を責める膝丸を手で制すと、案外すんなりと黙り込んだ。余程体が辛いのだろう、手伝い札を使ってもかなり時間のかかる重傷度だ。折れなかったのが不思議なほど刀身もかなり傷を負っている。
「部隊編成を決めたのも出陣を命じたのも私です。貴方は私の命に従っただけ。何一つ悪い事などしていません」
「……主」
「───…ごめんなさい」
膝丸の頬に手を伸ばすと、一瞬驚いたのか身を固めたものの黙って私の手を受け止めてくれた。そのまま顔に掛かる前髪を払い、滑らかな肌に触れると傷のせいか熱を孕んで火照っている。可哀想に、人の身を与えられたばかりでこんな痛みを背負わせてしまって申し訳なさで目頭が熱くなった。
私の瞳にじわりと浮かんだ涙の膜に気付いたのか、膝丸の瞳も狼狽えたように左右に揺れ、そして私の頬にも大きく熱い掌が触れる。
「…膝、丸…?」
「───すまない」
「だから貴方は何も…「主に悲しい思いをさせてしまって、すまない」
そんな、悲しそうな顔をしないで。私よりもずっと痛い思いをして、きっと怖かっただろうに、兄を見つけられずやむなく強制帰還させられてとても悔しかっただろうに。そんな、私の涙なんかで、悲しそうな顔をしないで。
遂に涙の膜からホロリと一筋溢れた雫を膝丸の指が拭ってくれる。その優しい温もりに後押しされたように涙が止まらなくなってしまう。
「…貴方は、優しすぎるんです…っ…貴方の方が、辛くて苦しいはずなのに…」
「俺の傷など大した事はない」
「うそ、うそです…!こんな重傷で、痛くてたまらないはず…」
「身体の痛みなど手入れすれば元に戻る。そんなものよりも、俺は───」
"主の涙を見ると痛む、この胸の傷が何よりも苦しい"と、そう告げる膝丸は本当に悲しげに眉を寄せていて。そんなところが優しすぎるというのに。
せめてもう彼の心を苦しめないよう、涙をごしごしと拭ってからそっと膝丸の胸板に頭を預けると優しく受け止めながら少しぎこちない手つきで髪を撫でてくれる。その心地よい温もりと、耳に伝わる規則的な心音が確かに彼は此処にいるのだという安堵をくれた。
「…膝丸」
「何だ」
「絶対に髭切を見付けましょうね」
「…ああ」
「でももう無茶はしないで下さいね」
「分かっている」
「強く、なりましょうね」
「───…そうだな」
強くなって、今度は胸を張って迎えに来たよと兄に伝えられるように。
でも、今は、体を治すまでは、もう少しこのまま。お互いの温もりに甘えながら朝を待つのもいいかもしれない。ゆっくりと髪を梳いてくれる膝丸の優しさに身を委ねて、私は静かに目を閉じた。

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