幸せの在るべき形

「全く、籠の鳥にこんな仕事をさせるなんて…」
くどくどと文句を言いながらも仕事を手伝ってくれる宗三は嫌いではない。
そもそもこの仕事は本日の近侍である江雪に頼む予定だったのだが、それをいち早く察知した宗三が「兄様にこんな雑事を押し付けるなんて貴女という人は…」というお小言と共に華麗に奪い取ってしまったのだ。そんな尤もらしい理由をこじつけなくとも宗三と過ごす時間は用意しているというのに。素直とは程遠いこの皮肉屋がまた可愛いと思ってしまうのだから、自分の事ながら全く困ったものだ。
「…何です、そんな締まりのない顔をして。だらしないですねぇ」
「ああ…ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて」
「貴女は何か考える度にそんな呆けた顔を晒しているんですか」
ふっと緩んだ宗三の表情は言葉の刺々しさとは真逆にとても甘く柔らかいもので。愛おしい、と感じる彼が傍に居てくれるのだからこの顔の緩みくらい許してほしい。書類をトントンと音を立てて纏めながら宗三に気付かれないように小さく笑うと、その音でようやく一段落着いたと分かったのか座ったまま彼がスッと距離を詰めて来たのが分かった。
「はぁ…少し疲れました」
「お疲れ様、宗三に手伝ってもらったので早く終わって助かりました。お茶でも飲みますか?」
「いえ結構」
短い言葉の後に、宗三は私の膝の上にぽすんと頭を預けて深い深い溜息をつく。それはいつもの世を嘆くような儚げなものではなく、心底安心したような心地良い溜息だ。
甘え方まで素直じゃない。だがそれが彼らしさでもある。膝の上に散らばった美しい桃色の髪に指を通し、その柔らかな感触を確かめるように撫でてやると宗三は心地良さそうに小さく唸りながら私の腹部に顔を埋めて緩く抱き付いてくる。これでは籠の鳥というよりもまるで猫のようだ。今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうな宗三の顔に掛かる髪を払い、端正な横顔を見つめていると左右で色の違う彼の瞳が柔らかく細まりながら私を見上げた。
「何です、そんなに見つめて。僕の顔がそんなに珍しいですか?」
「いえ、ただこういう風に宗三が甘えてくるのって珍しいなぁと思って」
「僕だってたまには甘えますよ。迷惑だというならやめますが」
「はいはい、誰もそんな事言ってません」
徐ろに起き上がろうとする宗三を制してもう一度膝の上に頭を抱き寄せると、彼は何の抵抗もなくすんなりと戻ってくる。きっと私がそうする事などお見通しで試そうとするのだから、何だか宗三の手の平で踊らされているような気分だ。
「はい、手」
「……え?」
「手。止まってますよ」
「ああ、はい」
撫でていた手が止まっている、と抗議されたので申し出の通りに再び宗三の髪を緩やかに撫で始めると、彼は大きく深呼吸をしながら静かに瞼を伏せていく。言葉にはしなくても、この一時が堪らなく心地良いのだと言われているようで、私の口元も自然と緩んでしまった。
「宗三」
「何ですか」
「好きですよ」
「……唐突に何なんですか」
「何だかね、言いたくなってしまって」
「……そうですか」
会話はそれきりなくなってしまった。それでも、言葉はなくとも私の腰に巻き付いた腕にぎゅっと込められた力の強さで彼が同じ気持ちでいてくれるのが分かる。何でもないような澄ました顔で目を閉じたままでも、晒け出した彼の耳が淡く紅色に染まっていく様子が心の底から愛おしい。
「ふふ」
「…笑うんじゃありません」
「はいはい」
ああ、もう、堪らなく大好きだ。
この時間がずっと続けばいいのに。そんな淡い願いを心に抱きながら、私は宗三の髪を緩やかに撫で続けていた。

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