好きです好きですどうしようもなく

「うぅっ…ささささむいですねぇ…っ」
今日の最高気温は10度にも満たないと政府配信の天気予報情報を思い出す。昼間だというのに雲一つ出ておらず、こんな日にはコタツに入ってゴロゴロするのが一番だというのに、名前は宗三と連れ立って万屋に向かっていた。
密かに恋心を抱いた相手との二人きりの外出。普段は非常に腰の重い宗三が、今日は何という気まぐれか万屋への買い出しに付き合ってくれるというのだから張り切って新しい着物を卸したものの、予想以上に寒くぶるぶると震えながら小股で歩く事しか出来ず思いきり足を引っ張ってしまっている。
「そ、宗三!待ってください!」
「…遅い」
「がんばりますからぁ!」
名前よりもずっと先を行く宗三は、呼び止められた事で仕方なく歩みを止めてくれたが、その背中からは嫌なオーラが漂い始めていた。はぁ、とこれ見よがしに呆れたような溜息を吐いている。まずい、彼を不機嫌にさせると今日一日面倒な事になるのは間違い無いだろう。
少しでも暖を取ろうと両手を上掛けの袂に突っ込み、宗三の元へと全力で走り出した。冷たい空気を切る感覚がピリピリと肌を刺激して痛いが、機嫌の悪い彼と一緒に歩く方が確実に色んな意味で痛い。
「宗三ー!」
「いちいち騒がないで下さい」
「いだっ」
彼の隣に飛び込むと、突然額に衝撃を感じた。瞬時にデコピンされたのだと分かり、だってだってとふてくされる名前の隣を宗三は普段以上に緩やかな歩調で歩く。意識しなければ気付かない程自然に、彼女の負担にならない程度の速度に合わせて隣を歩いてくれるのだ。横顔を覗けばいつもと変わらぬ無表情だというのに、態度で語るさり気ない優しさが心に染み込んで内側から体温を上げていく。
「あっあの、宗三!」
「何です?」
「私達、こっ…恋仲とかに…見えたりするんですかね…?」
若い男女が肩を並べて歩いているというこの構図が、道行く人から見れば自然と恋人同士に見えるのではないか、と。自分で口にした瞬間、少しの期待と恥じらいで更に体温が上がっていくのが分かる。その熱は名前の白い肌を染め、頬どころか顔中を赤らめて自分がいかに恥ずかしい質問をしたかを嫌という程に実感させた。
しかし隣に並ぶ宗三といえばほんの少し眉根を寄せて「見える訳ないでしょう」と彼女の淡い期待を見事に一蹴。確かに彼の性格上、甘い返しなどしてくれる訳もない事は分かっていたのだが。それでもキッパリと言い切られてしまうと、心がズキンと痛んでしまう。
「そ…そうですよね!ばかなこと言っちゃってすみません」
本当に、何を言っているのだろう、自分は。甚だしい勘違いを口にしてしまった自分が嫌で、袂の中の手をぎゅっと握り締め拳を作った。ここ最近二人きりで過ごす事が多くなり、距離が縮まったように思えて調子に乗り過ぎてしまったのかもしれない。せめて嫌われなければ、それだけでいい。そう思って宗三の顔を見上げれば、彼もまた同じく名前をじっと見つめていた。
「普通の恋仲というのは」
「…はい?」
「こういうものじゃないんですか」
ただ互いの目を見つめ合う中、名前の上掛けの袂に入り込んで来たのは宗三の少し骨張った大きな手。その手は彼女の小さな手をすっぽりと包み込むと、そのまま自分の傍へと導いていく。手が引き寄せられた分、二人の距離も縮まって腕と腕が触れ合う程に密着した。それはどう見ても恋人同士が身を寄せ合って仲睦まじく歩く様子そのもの。
「ゎわわわっ!!そんなっ!!」
「そんな色気のない声を出さないでくれませんか」
「───っっ!!」
ほんの少し、彼と触れ合えるだけで満足だったはずなのに。重なり合う手が指を絡めながら深く繋ぎ直されると心臓が破裂してしまいそうな程に早鐘を打った。もう寒さなど感じられず、むしろ全身がぽかぽかと熱を持って汗がじんわり滲んでしまう。きっと顔も真っ赤なのだろう、頭一つ分背の高い彼がフンと鼻で笑う声が頭上から聞こえたが恥ずかしさのあまり俯いたまま上げられない。
もう、この後どんな顔をして彼を見ればいいのだろうか。そうは思っても繋ぎ合った手を解く事などできず、宗三もまた何度も深く繋ぎ直しながら離そうとはしなかった。









▼おまけ

「あのっあのっ…!」
「何ですか?」
「宗三のこと、す…っ好きになっちゃいますから…!」
「とっくに好きになってるじゃないですか」
「…!いじわる…っ!」

ああ、もう、どうしようもなく好きだ。

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