緩やかに満ちてく絶望のにおい

※破壊表現注意

「ほーほーほーたるこーい」
現代社会にいた時に聞いたことのある歌でお目当の刀剣を呼んでみるものの、全く反応がない。
「こっちの水はあーまいぞー」
変わらず反応なし。大太刀でありながら規格外の体の小ささの彼、蛍丸が特別好きな和菓子を入手したのだが、生憎他の刀剣達に分けてやれるほどの数がないので、皆には内緒でこっそり二人で食べようと誘いに来たのだが。
今日は彼の出陣予定はないし、畑当番の仕事もとっくに終わっている時間だ。自室に居るのかと覗いてみたがそこにもいない。本丸のどこかにいるのは確かなので、こうして歩き回っている訳なのだがどうにもこうにも見付からず困っていると、視線の先に見覚えのある太刀の後ろ姿があった。
「一期ー!」
「おや、主殿。どうされました?」
「蛍丸を探してるんだけど、見かけてない?」
「私は見ていませんねぇ…」
「そう…」
一体どこにいるのだろう。歩き回って少し疲れたせいか、無意識にはあ、と小さく溜息を吐くと目の前の一期には私が落ち込んでいるようにでも見えたのか、慌てた様子で一つの提案を持ち掛けて来た。
「よろしければ私も一緒にお探ししましょうか?隠れ鬼は些か得意分野でして。日頃弟達に鍛えられているおかげでしょうな」
「本当?助かる!」
別に落ち込んでいるわけではないのだが、この申し出は有難い。本丸は無駄に広いので一人より二人で探した方が助かるというもの。それに確かにいつも弟達との隠れんぼで鬼役を任される一期が助っ人になってくれるというのはかなり心強い。
素直にお願いして、二人で手分けして蛍丸捜索にあたる。私は西側、一期は東側。後で万葉桜の下で落ち合う約束をして、早速探しに行ってみたはいいものの───
「…こっちは蔵ばっかりなんだよなぁ…」
私が探す西側は資材や使わない大きな荷物を保管するための蔵ばかり。それこそ短刀達と隠れんぼでもして遊んでいるなら居る可能性はあるが、今日は夜戦を控えているため短刀達はお昼寝の真っ最中なのだ。可能性の低いこちら側を一人で探すよりも一期と一緒に探した方が良かったのかもしれない、と後悔した矢先、なぜか視線の先の蔵からある脇差が一人で出て来た。
「……青江?」
青江は今日は非番のはず。資材運びも任せていないし、彼があの蔵から出てくる理由が見当たらない。答えが見当たらない疑問に悩んでいると、私に気付いた青江が随分とご機嫌な様子でこちらに向かって来た。
「やあ、こんなところでどうしたんだい?」
「青江こそ」
「僕はちょっとゴミを片付けていてね。で、主は?」
「私は蛍丸を探しに」
「蛍丸?…あぁ、大太刀の彼か」
彼ならどこにいるか知ってるよ、と言う青江はやはりいつもよりもずっと機嫌が良さそうに見える。というか、憑き物が落ちたようなすっきりとした笑顔を私に向けて来ていた。そしてこっちだよ、と私を手招いて案内してくれたのは先ほど彼が出て来たばかりの蔵の前。青江は先ほどゴミを運んでいたと言っていたので、蛍丸はお手伝いでもしていたのだろう。

───あれ、でも、どうして───

「……青江?」
「なんだい?」
「ゴミ捨ては一人で?」
「そうだよ」
「なのにどうして蛍丸がここに?」
「…どういう意味だい?」
「蛍丸は何をしにここへ…?」
「…………」

「───青江、あなた……一体"何"を捨てたの……?」

ドンッ!!!という音と共に背中に衝撃を受け、私の体は蔵の中に転がり込んだ。
おかしい、と思ったのだ。蛍丸が青江の手伝いで来たというなら、なぜ青江だけが出て来たのか。蛍丸がいるところなど大体予想がつく私が、これ程までに彼を見つけられなかったのは何故なのか。───彼の神力がどこにも感じられないのは、何故なのか。
「…あーあ。君には知らせずに事を運びたかったのになぁ」
「何を…言って…───っっ!?」
衝撃の正体が彼に押し込まれたせいだという事に気付いた私の視界には、一振りの折れた大太刀が映り込んでいた。
「…う、そ……うそ……ほたる…まる……?」
「おやおや、泣いてもあげないのかい?君って意外と薄情なんだねぇ」
無残に折れた刀身に手を伸ばすと、それはいつものように柔らかく暖かい彼ではなく。私の肌を裂き、赤い雫を咲かせる冷たい無機物に変わり果てていた。青江の言う通り、私の目からは涙の一雫も落ちてこない。感情が麻痺してしまったかのように、何も感じない。ただ、折れて顕現すら出来なくなった彼が、まるで頭の中に直接語りかけて来ているかのように「逃げて、そこから逃げて」と語りかけてきている気がして。
「…わたし、帰らなきゃ…みんなのところに、帰…」
じりじり、と地面を擦りながら後退りをする私の腕を掴んだのは、青江の力強い右手。

「僕が君を帰すと思うかい?」

まるでいたずらっ子のように無邪気な笑みを浮かべる青江が心底恐ろしかった。
もはやなりふり構ってなどいられない。腕を掴む青江の手を振り払い、底知れぬ恐怖心から縺れる足を必死に動かしてそう遠くない出口に向かっていくと、外から私を呼ぶ一期の声が聞こえた。あとで落ち合うはずが現れなかった私を心配してか探しに来てくれたのだろう。
良かった、助かった───あともう少しで届く出口は僅かに開いていて、そこから外の明るい日差しが差し込んでいる。早く、早く向こう側へ。光が差し込むそこへ手を伸ばすと、それよりも先に背後から伸びて来た手が無情にも薄く開いていた希望の世界への隙間を遮断した。

「残念、行き止まり」

私の意識はそこで途切れた───

▼審神者はにっかり青江に好かれすぎました。蛍丸に嫉妬したにっかり青江は「残念、行き止まり」と後ろから囁いてきますが、一期一振があなたを助けにきます。
しかし、残念ながら手遅れでした。


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