酒は飲んでも呑まれるな

とある本丸のとある夜、とある部屋では刀剣達の酒盛りが行われていた。顔を揃えたのは三日月宗近、小狐丸、鶴丸国永だ。
数刻前まではへしきり長谷部と燭台切光忠、それに和泉守兼定もいたのだが、主に鶴丸による呑め呑め攻撃であっという間に潰され、それぞれ自室へと運ばれていった。そして結果的に残った三人で改めて呑み直していたところ、突然勢いよく襖が開け放たれ、酒の匂いをたっぷりと纏った審神者が顔を出したかと思うと。
「んー…ヒック…、小狐丸、脱ぎなさい」
「ぬぬぬぬぬぬしさま…??!!!」
唐突な爆弾発言にその場の刀剣一同が凍りついたのは言うまでもない。
慌てふためく小狐丸とは全く対照的に、爆弾発言の主は落ち着き払った様子でじっと小狐丸の脱衣を待っている。その目はとろんと座っていて、彼女の手には並々と日本酒が注がれた升。それをもう一度口に運び、普段の彼女からは考えられない音を喉から鳴らしてグビグビと飲み下すと、そんな様子に固まったままの一同に痺れを切らした審神者が足を縺れさせながら鶴丸の膝の上に豪快に跨った。
「ん、小狐が駄目なら鶴でも構いません、ヒック…脱ぎなさい、鶴」
「まあ待て待て、主。どれ、ここは一つじじいが脱いで…「三日月はいい」
「キャーーー!!!主!!!!待て待て待て!!!!」
待て、と言われて待てるほど冷静な判断が出来るはずもなく。
最後まで言う事すら許されずに一蹴され、再び固まった三日月に構う事なく鶴丸を押し倒し強引に着物を脱がせ始める審神者。裏声で叫びながら必死に彼女の手首を抑え、攻防戦を繰り広げる鶴丸。驚愕のあまりポカンと開口したまま呆然とする小狐丸。
そんな地獄絵図と化した一室にドタドタと大きな足音を立て、これまた酒の匂いを漂わせながらやってきたのは次郎太刀だ。
「んもぉー。アタシは止めなって散々言ったのにさぁ」
突然の大太刀の訪問に太刀組三振りが振り向くと、一足遅れてやって来たもう一振りの大太刀、太郎太刀が鶴丸に跨ったままの彼女を軽々抱き上げて救出した。彼の大きな身体に包み込まれ、先程までの大暴れな審神者は鳴りを潜めて早くも規則的な寝息を立て始めている。
「…して、止めろとは何の事だ?」
ようやく復活した三日月が体勢を整えながら問い掛けると、次郎太刀は酒でほんのりと赤い頬を緩めて小狐丸に一瞥を向け、楽しげに笑い出した。
「いやぁ、さっきまで兄貴とアタシと主の三人で呑んでたんだけどさ。まぁ世間話の流れで主は動物が好きだって話になって。そしたらたまたま通り掛かった薬研が主に『動物は尻尾の付け根を撫でてやると大層喜ぶらしいぜ』なんてまた余計な入れ知恵しちゃってさぁ。主なんかもう完全に出来上がっちゃってるもんだから『小狐丸のお尻撫でてきます!』とか言って急に走り出しちゃって。あー笑った笑った」
「他者様に迷惑を掛けて笑い事ではないでしょう。宴の時間に横槍を入れてしまって申し訳ありませんでした」
兄弟だというのに全く違う大太刀二振りに呆気に取られている間、すっかり深い眠りに就いた彼女を両腕でひしと抱き締めながら太郎太刀が先に部屋を出て行くと次郎太刀も次いで「じゃあね〜」と告げて廊下へと消えていった。
「…何というか…今までで一番の驚きの連続だったぜ…」
「ふむ、実にあっぱれであったな」
彼女に散々着物を引っぺがされ、乱れたままの襟を正す事も忘れたまま乾いた笑いを零す鶴丸とすっかり酔いが冷めた様子で茶を淹れ始めた三日月の傍で、小狐丸は彼らに気付かれないように小さく嘆息を吐いた。薬研がどういった思い付きで審神者に入れ知恵したのかは定かではないが、明日会ったらとっちめなくては。そう決意しながら、まだ猪口に残った酒をグイッと一気に煽ったのだった。

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