目を開いた先に見えたその文言に、思わず絶句した。
いやいやいや、何それ。それどんな部屋よ?これまた鶴丸のドッキリ大作戦?そもそもうちの本丸に三日月宗近はいないんですけど?次々と頭の中に浮かんでは消える疑問の答えを必死に探しながら、直近の記憶を巡らせてみる。
確か朝起きて、顔を洗って、みんなで朝餉を食べながら一日の予定と内番の当番を割り振って、それから執務室に戻って仕事を始めて───始めて、それからどうしたんだっけ?
机の上に広がる書類の山を前にして、何から片付けたものかと悩んでいたのは覚えている。けれど、そこからの記憶がぷっつりと途切れていて。次に目が覚めた時、目の前に広がる理解不能な言葉に絶句。今に至る。
「あなや。俺を手懐けねば出られんとな」
「───みみみみみみ三日月??!?!?!?」
「いかにも。俺が三日月宗近だ」
本当に存在していたのか。天下五剣が一振り、三日月宗近。
私は俗に言う三日月難民の一人だ。鍛刀運もドロップ運も平々凡々、極たまーに政府の気まぐれか何かで配布される最上級の鍛刀札を使っても、太刀どころか打刀を顕現させてしまうこともしばしば。平凡というよりは運が悪い部類に入るかも。
とはいえ血眼になって探し回るほど欲しいわけでもなかったし、幸い政府に急かされることもなかったので鍛刀できればいいなー、ドロップしたら嬉しいなーくらいの感覚でのんびり本丸運営に勤しんでいたのだ。
ところがどっこい、今の状況はいったい何?
やっぱりこれ鶴丸のドッキリなんじゃないの?!厚樫山で野生の三日月捕獲したけど普通に持って帰るんじゃつまらないから一丁驚かせてやろう!的なノリで仕組んだ盛大なドッキリ大作戦か?!と、隣でにこやかに笑う三日月を残してまずは部屋中の扉をこじ開けようと奮闘してみたものの、結果は見事惨敗。ぴったりと閉じられた障子はピクリとも動かない上に、グーで殴ってみたら岩のような固さでこちらが負傷した。審神者、中傷なり。
「無駄だ、娘よ。おぬしがそこで気を失っている間、俺もあの手この手で出られぬものかと試してみたが皆目見当がつかん。俺やおぬしの力が及ばぬ何かで堅く封じられているようだ」
何かってなによ。仮にも神様の刀剣男士の力が通用しないって、そんなのちょっと霊力があるくらいの平凡審神者なんかじゃ手も足も出ませんよ。悪あがきとは思いつつも、改めて障子を爪先で蹴り上げると、普通に痛いだけで敗れるどころか傷一つつかなかった。中傷超えちゃいそう、痛い。
「こうなっては力づくで抗おうとしても無駄だろうて。何、俺を手懐ければ良いだけだ」
簡単だろう、と笑う三日月の目を見て、私の背には怖気が走った。
暗い、どこまでも暗い闇を孕んだその目は昔一度だけ見たことがある。審神者になるための検修で、政府が用意した資料の中の一つ。ブラック本丸から回収された刀剣男士達の写真に映る彼等の目は、この三日月宗近と同じ闇を宿していた。
彼等は政府に回収された時点で全員が中傷以上の傷を負い、体以上に心の傷は計り知れないほど深かったそうだ。思い出すのも憚られる非道の数々を行った審神者は政府の手で粛清され、刀剣達は丹念な手入れを行ったものの、その後全振りの希望により刀解を行ったという。
この三日月宗近も、ブラック本丸の犠牲となった刀剣である事は間違いないだろう。そんな境遇にいた彼を私の力だけで手懐けろと?それなんて無理ゲー?突然斬り掛かってくるとか、問答無用で拒絶してくるような様子はないけれど、だからと言って私には少しばかり荷が重すぎる任だ。
それに、何より心配なのは私の本丸にいる刀剣男士達のこと。どのくらい気を失っていたかは分からないけど、私がいないことに気付いたならきっと大騒ぎになっているはず───あ、でも初期刀の加州か長谷部あたりがこんのすけに頼んで政府に報告してくれたら助けが来る……かも……?
「政府の助けを待てども無駄な事だと思うぞ。おぬし達、審神者を国の宝と称すあやつらがこの様な事態を把握しておらぬ訳があるまい。むしろ、此度の戯事は政府の管轄下にあると思った方がよいのではないか?」
「……ごもっとも……」
私の心中を察したように語る三日月の言葉は確かに一理あるもので、納得せざるを得なかった。いや絶対に納得したくはないんだけどね。
とにもかくにも、私達がここから脱出する一番の近道は三日月をこの手で手懐けることらしい。さて、どうしたものかと悩む私をよそに彼は部屋中を歩いて回り、一つ開く襖を見つけたようだ。そこは私達のいる広間から縁側へと続いているようで、手入れの行き届いた庭が見える。見知らぬ場所でむやみやたらに歩き回るのは得策ではない、と思った側から私を置いて縁側へと進んでいく三日月を追う形で、仕方なく私もその場を後にしたのだった。