もう飛ばないでいて

嗚呼なんて愛しいのだろう、と三日月は腕の中の存在に頬を擦り寄せた。抱き締める力を強く、強く。名前の細い体が軋んでしまうのではと思う程、強く掻き抱くように両腕の戒めで閉じ込めた。痛いよ、と小さく笑う声がどう仕様も無く愛らしく、その唇に口付ける。何度も。零れる吐息すらも奪い取ってしまいたいのだ。彼女の全てを、自分の中へと。
「お前はまるで天女だな」
「ふふ、何言ってるの?」
「舞い降りて来た天女だろう。愛い奴だ」
そう穏やかに囁く三日月の声には心底からの深い愛情が込められていた。口付けなどもう数え切れないほど交わしてきたというのに、それでも唇同士が名残惜しげに離れると名前は少しだけ俯きながら照れ臭そうに笑う。それがまた堪らなく愛らしいのだと告げる三日月の瞳は甘い蜂蜜のように蕩け、飽き足らずに名前の唇に吸い付いた。
温かな布団の中で二人、静かに過ごせる時間は互いにとってのかけがえのない時間。三日月の口付けは唇から鼻先へ、そこから頬や伏せられた睫毛へと次々に降り注いでいく。すると擽ったいのか、それとも羞恥が限界に達したのか、名前は三日月の腕から逃れようともぞもぞと動き出した。
「そら、逃げるな」
「…あ…っ…」
まるで鮮やかな柘榴のように頬を赤く染め、びくんと跳ねる名前の背をそっと撫で上げると先程彼女の中で果てたばかりの自身がずくん、と熱を帯び始めたのが分かる。今夜もまた寝かせてやれそうにない、と尽きない欲情を自覚しながらも制御をしようとも思わなかった。何にも囚われる事なく名前を味わい尽くしたいのだ。まだ足りない、もっともっと、と。
「…名前」
「…ん、三日月…」
「お前を離したくなどない」
幸せそうに、照れ臭そうに笑う名前はまるで本当に空から舞い降りた天女のようだ。長い余韻に浸ったまま裸体を晒す名前の肌をゆっくりと撫でながら、三日月は甘い双眸を緩慢に細めた。
「名前。お前は何故このような世界に落とされたのだ?」
まるで話が分からないと言いたげな瞳は欲情の熱で僅かに潤み始め、それすら三日月の欲望を駆り立てるには十分過ぎる程だ。天界で愛されるはずの天女が、何故此処に落とされたのかは分からない。それでも、もう良いのだと。その手に確かに抱いた身体を逃すまいと更に力を込めて閉じ込めた。目に見えない羽衣を削ぎ落とすように彼女の肌に爪を立てながら、柔らかい唇へと噛み付かんばかりの口付けを落とす。


「お前の羽衣を奪ってしまえば、二度と元へは戻れないのだろう?」

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