約束された未来

自らをじじいだと笑い、どこか浮世離れしたその性格も、やはり気が遠くなる程の長い長い時を生きてきたゆえの賜物なのだろうか。
三日月宗近は人では無い。姿形こそ青年のそれではあるが、名前が審神者の力を持ってして生み出した身体だ。人間の、ましてやまだうら若き乙女である名前など、三日月からすればほんの赤子のような存在なのかも知れない。
「…はぁ…」
「どうした主、ため息など吐いて。腹でも痛めたか?」
どれ見てやろう、と名前の足元に跪き、やんわりと袴の紐を解こうとする三日月の手を慌てて止める。
全く、隙を見せるとすぐこうなるのだから恐ろしい。
「ちっ、違いますから!手、手!!」
「ほう、ならば何故ため息を?」
「そ、れは…」
考えていたのだ。自分は本当に彼に見合う人間なのかを。
三日月は名前に愛を囁く刻を惜しまず、望めば身に余るほどの想いを伝えてくれる。彼の気持ちは分かっているつもりなのだ。それでもやはり神と人の子。共に生きていくには迎える運命が違い過ぎる。彼は気が遠くなる程の長い年月を生き、そしてその時の流れの中で数え切れない人の生死を見て来たはずだ。その中には、今の名前と同じように彼がかつて愛し、大切に思ってきた人間がいるかも知れない。そして必ず迎える人の子の死。その時、三日月が抱いた絶望や悲しみは名前には計り知れないものだっただろう。愛おしいが故に、もう二度と彼にその痛みを与えたくなどないのだ。そう、いずれ己も必ずや迎える死という永遠の別れによって。
「なあ、主よ」
「───…はい…」
「俺は遠い未来の別れなど恐れてはいない」
まるで思考を見透かしたように告げられる三日月の言葉。長い年月を生きた彼にとっては、人の子が考えつく事などお見通しという事なのだろうか。何だかますます距離を感じてしまうようで、無意識に足裏を滑らせて僅かに離した彼との距離は刹那の内に力強く抱き寄せられた彼の腕の中に閉じ込められて意味を無くしてしまった。自室とはいえ、白昼堂々と抱擁されてしまうのはやはり気恥ずかしいものがある。腕の中でもぞもぞと*いてみると、そんな抵抗などねじ伏せると言わんばかりに身体を閉じ込める彼の腕に更に力が込められた。
「お前が案ずる事はない。俺も幾度も考えて来た事だ。じじいは時間だけはあるからなぁ」
「三日月…」
はっは、といつものように穏やかに笑う彼を見上げると、そこには確かに普段と変わらない優しい微笑と、何かを決意したような固い意志を宿す美しい三日月の双眸があった。その美しさに思わず見惚れていると、不意に頬に添えられた彼の大きな暖かい手。なんて優しいのだろう、この肌を撫でる彼の手は。言葉など要らないほど、その優しさと温もりだけで溢れんばかりに伝わって来る三日月の深い愛情が心地好い。
その感触に浸っていると、不意に頬をやんわりと横に向けさせられた。その視線の先には、開け放たれた襖の奥に見える満開の万葉桜。
「千年に一度しか咲かぬ万葉桜。それを今こうして生きてお前と見れた事が俺にとっての何よりの幸せだ」
「…はい…」
「そして次にあの桜が咲く時も隣にはお前がいて欲しい。何千年、何万年と時が経とうと俺は必ずお前を見付け出そう。お前が死に、再び生を授かるその時まで俺はずっと此処で待っている」
離してなどやるものか、と笑う三日月の声はいつもよりずっと愛情に満ちた優しい色で。人の子の一生など、彼にとってはまさに瞬きの間の一瞬に過ぎない出来事だったとしても。次に彼が目を閉じ、再びその瞼が開くその時には、また新しい一生で彼を愛し続けていけたら。まるで夢物語のようでも、今の名前にとっては約束されたその未来が心の平穏をもたらしてくれた。三日月の胸に頬を擦り寄せ、温もりを互いに預けながら共に眺める万葉桜は、二人にとって何物にも代え難いほど美しく大切な光景だった。

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