つつむ

「すきんしっぷをしに来たぞ。近う寄れ」
「お帰り下さい」
ピシャリ。
軽快な音を立てて鼻先で閉めた襖の奥から三日月のはっはっは、と気の抜けるような穏やかな笑い声が届く。だが生憎、私には彼に構っている暇などないのだ。ただでさえ山積みの仕事に加えて今日は新たな出陣先の報告書類の作成が残っている。肩に手を置いてコキコキ、と音を立てながら首を揺らす私の疲労感を更に増加させるのは三日月の朗らかな声。
「どうした主。今日は虫の居処が悪いのか?」
「どうしたもこうしたもない。今日は相手してる時間がないんです、鶯丸でも誘ってお茶会でもしたらどうですか」
「すきんしっぷは嫌か?」
そういう事ではない。そう言ったところで彼は帰らないだろう。私が机に戻る間に既に襖を開け直して勝手に入って来ているのだから。思わず深い溜息が溢れる私をよそに、三日月は相も変わらずニコニコと穏やかな笑みを湛えたまま私の隣に座った。
「今日は構ってあげられません。お茶とお菓子で釣ってもだめ」
「なんと」
何がなんと、だ。出陣帰りで内番服にも着替えないまま私の部屋に来たあたり、相当構って欲しいのは分かるけれども。袖をひらりと翻して口元を覆い驚く仕草が様になっていて何となく腹立たしい。悔しいから言わないけど。
「そんなにスキンシップしたいなら私の肩でも揉んでください。もうくたくた」
「おお、肩か。承知した」
「え、ほんと?」
冗談半分で言ったつもりなのに、二つ返事で承知した三日月は早速私の背後に回って肩に手を添えた。肩を揉まれるのは慣れていても揉む側となると話が違うのでは?と思ったのもつかの間、そんな私の杞憂をよそに三日月は意外にも慣れた手つきで私の肩を揉み始めた。
「……あ、気持ちいい」
「はっは、それは良かった。力加減は大丈夫か?」
「はい、丁度いいです」
大きな手で包み込むように揉みほぐし、一番凝った部分を的確に抑えるその手つきときたら。思わず情けない声が漏れてしまうのを止められない。気持ち良い。こやつ意外と慣れている。
「時にはこういうすきんしっぷも悪くないな」
「はあ…」
「主はちと働きすぎだ。たまにはこうして肩の力を抜くと良い」
俺がいつでも手伝うぞ、と付け加えた三日月の手の温もりが身体の芯まで解してくれるようで。確かにたまにはこんな時間も悪くないかも知れない。おじいちゃんに肩を揉ませる若輩者というのはどうかと思わなくもないけれど。まあたまにだから、と自分を納得させて。もう少し揉んでもらったら、御返しに美味しい御茶を淹れてあげよう。だからもう少しだけ、このままで。
そんなある日の午後だった。

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