「女主人公」
「なあに?」
「…くっ、可愛いな」
「なにそれ」
荒船の反応に女主人公はクスっと笑った。
「じゃなくて、おまえ…俺が氷見のことおんぶしても気にならないんだな」
「あー、あの時の話?」
今日の昼休みに空き教室で話していた時のことを思い出す女主人公。
「俺はおまえが俺以外の男に触ったり、触られたりするのは嫌だ」
「それはね、私だってそうだよ」
「じゃあなんで即答したんだよ」
「あそこで私が、荒船くんが氷見さんのことをおんぶするの嫌って言ったらどうなると思う?」
「…俺が喜ぶ」
「真面目に。バトン役が決まらなくて、菊地原くんの嫌味が増える」
その状況を想像すると、たしかに嫌だなと思う荒船だった。
「荒船くんに下心があるわけじゃないんだし、学校の行事なんだし、それくらい我慢できるよ」
「…じゃあ別に嫉妬しないとかじゃないんだな?」
「なあにそれ。嫉妬してほしいの?」
「当たり前だろ」
女主人公の問いかけに即答する荒船。
「荒船くんってそういう感じなんだよね」
「そういうってどういうだよ」
「恋愛には淡泊なイメージだったから、結構甘々で驚いてるの」
「好きでもない奴に好かれてもめんどくさい。それはおまえが一番わかってるだろ」
「それはまあ」
「けど、好きなやつは大事にしたいし、甘やかしたいし、甘えたいんだよ」
「そっか」
「女主人公だけだ」
「ふふふ、だからこそおんぶくらいなんともないよってこと」
女主人公は荒船の両手を握ると立ち止まった。
「荒船くんからの愛情をいっぱい感じるから、小さなことで嫉妬なんかしません」
「わかった。俺はおまえからの愛情を感じるけど嫉妬はする」
女主人公の言葉に同意はするが、それでも荒船のスタンスは変わらない。
「それでいいよ」
荒船の言葉に女主人公は笑って答えた。
「あー…くそ、おまえ可愛すぎ」
荒船はそう言うと、女主人公のことを抱きしめた。
「荒船くーん、ここ外ね」
「少しくらいいいだろ」
ここで犬飼に邪魔をされることが多いが、犬飼は今日、すでに本部の中。
邪魔する人がいないので、荒船は存分に女主人公のことを抱きしめられる。
「ねぇ、ここどこだと思ってるの?」
と思っていたが、二人の後ろから声をかける人物が現れた。
「菊地原くんと歌川くん」
「こんにちは」
「もう、いい加減にしてよね。常識ないんじゃないの」
「生意気だなー菊地原」
「菊地原くんの言う通りだよ。ごめんね二人とも」
「いえ、気にしないでください」
「いや、気にしてください」
菊地原はため息をつきながらそう言った。
「荒船さんが甘えたって、どうでもいい情報聞いちゃった」
「うるせー」
「仲良いですよね」
「それなりに」
「ケンカとかするんですか?」
「この前大ゲンカしてたじゃん。歌川知らないの?」
「菊地原くん、その話はやめよう」
「ならあんなところでケンカしてないでよね。ぼくには聞こえるんだから、いい迷惑だよ」
「ごめんね」
菊地原そう言うと、三人を置いて先に歩き出した。
「菊地原!すみませんでした」
歌川も菊地原の後を追っていく。
「もう道端とかボーダーでくっつくの禁止ね」
「それは無理だな」
「まったく…」
荒船は女主人公の言葉を無視して手を繋いだ。
「手繋ぐくらいはいいだろ」
「はいはい」
そして、体育祭当日。
3年B組は、最後の体育祭ということもあって、気合十分。
「苗字さん!今回もみんなで髪の毛お揃いだから、結ばせてー!」
「もちろん」
今年も、鈴木はヘアアレンジの担当だ。
「今年も俺のハチマキ使えよ」
荒船は自分のハチマキを鈴木に渡す。
「はいはい。もちろんだよ」
鈴木は荒船からハチマキを受け取ると、ヘアアレンジの終わった女主人公の頭に巻いていく。
「今年はポニーテールにしてみたよ!」
サイドに編み込み、毛先は大きくワンカールしているポニーテールに仕上がった。
軽くメイクをすると、鈴木は女主人公に手鏡を渡した。
「どう?自信作!」
「可愛い。鈴木さんありがとう!」
「荒船!どうよ!」
「こいつはいつだって可愛いだろ」
「惚気〜」
鈴木は自分のヘアアレンジをしながら女主人公に聞く。
「そういえば、苗字さんも今回借り人・物競争に出るんだよね!どんなお題か楽しみだね」
「そうなの。じゃんけんで負けちゃったから仕方ないけど、できれば簡単なお題が出てほしいな」
「応援してるから頑張って!」
「ありがとう」
今年も、チームはA組&C組対B組&D組の縦割りだ。
校庭に出て、体育祭の開会式が始まる。
「荒船くんと苗字ちゃんみっけ!」
「犬飼くん」
基本的に席は自由なので、犬飼は自分の椅子を持ってきた。
「ここ座るね」
「どうぞ」
犬飼は持っていた椅子を荒船の横に置く。
「今年も同じチームだね!」
「よろしくね」
「苗字ちゃんも借り人・物競争出るんでしょ?」
「じゃんけんで負けちゃった」
「荒船くんは、これで3年連続だね」
「まあな。でも今年は、どんなお題が出ても怖くないぜ」
「それはそうだね」
荒船の安心した顔を見て犬飼は笑った。
「今年は辻ちゃんが出るから見物だよー」
「辻くん大丈夫?基本的に異性を借りることになるでしょ?」
「うん。出るって決まってから数日は大変だったよ!」
三人がそんな話で盛り上がっていると、あっという間に部活対抗リレーの時間になった。
『部活対抗リレーに参加する人は、テント前まで集合してください』
「おれたちだね」
「行くぞ」
「荒船くん、犬飼くん、頑張ってね」
「おう」
「苗字ちゃんにいいとこ見せないとね!」
二人はそう言うと、テントに向かった。
「今年もボーダーは荒船と犬飼が出るんだね」
「そうなの。二人とも、なんだかんだ運動神経いいからね」
「他は誰が出るの?」
「2年の辻くんと、1年の歌川くんと一条くんだよ」
「へー。あ、あの子が一条くん?可愛い顔してるね」
『それでは今から部活対抗リレーを始めます』
「今年はバトンが人だからリレーに出る人数も一人多いんだね」
「そうだね。去年は4人だったもんね」
ボーダーの番が来て、スタート地点に犬飼が立つ。
「あのバトン役の子って誰?」
「2年生の氷見さん。犬飼くんと辻くんのチームメンバーだよ」
「へー」
「位置について、よーい、ドン!」
氷見をおんぶした犬飼が走り出す。
他は陸上部、野球部、柔道部、剣道部が走っている。
陸上部と野球部はマネージャーに女子がいるので女子をおんぶしているが、柔道部と剣道部はマネージャーがおらず、比較的小柄な男子をおんぶしている。
そうなると、必然的に陸上部、野球部、そしてボーダーの三つ巴の戦いになる。
第一走者の犬飼は3位で、第二走者の辻が待つラインに辿り着く。
「ごめん、結構しんどい!」
「大丈夫ですよ」
「辻くん、よろしく」
辻が氷見をおんぶすると、前との距離を詰めるため走り出す。
「おおー、辻くん結構速い」
「ボーダーがんばれー!」
辻は前と少し距離を縮めて、第三走者の一条が待つラインに辿り着いた。
「あとよろしく」
「任せてください!」
一条が走り出すと、前を走る野球部に追いつく。
野球部とほぼ同時に第四走者の歌川にバトンタッチをした。
「歌川たのむ!」
「おう!」
歌川はスタートダッシュに成功して野球部を抜くと、前を走る陸上部との距離を詰める。
「おおー、歌川くんも速い」
「ボーダーはさすがだわ。陸上部に追いつきそう!」
「本当だね!」
陸上部に少しだけ遅れてアンカーの荒船とバトンタッチした歌川。
「荒船さん!あと頼みます!」
「任せろ!」
荒船は氷見をおんぶすると、ダッシュをした。
「荒船はっや!」
「氷見さんのこと落とさないか心配になる速さ…」
荒船は陸上部との距離を縮め、追いついた。
そして、そのままほぼ同時にゴールをした。
『こ、これはどっちが勝ったんだ〜〜〜!!』
ビデオ判定などができないため、今回は同時にゴールという判断になった。
『陸上部、そしてボーダーが同着で1位という結果になりました。みなさんお疲れ様でした!』
部活対抗リレーが終わり、お昼の時間となる。
お昼ごはんが終わると、六頴館名物の借り人・物競争のスタートが待っている。