拝啓、あの日の少年少女へ

「諏訪さんって、ボーダーに入ったの、だいぶ早いですよね」
「なんだ急に?」

諏訪隊の作戦室で本を読んでいる諏訪は、笹森に話しかけられたので手を止める。

「んなことねーよ。ボーダーができて1年後くらいじゃねえか?」
「何かきっかけとかってあったんですか?」
「どうした?」
「諏訪さんって、オレたちの話は聞いてくれますけど、あんまり諏訪さん自身のことは話されないなって思って」
「誰にでも、言いたくないことだってあるだろ」
「そんなもんねーよ」

堤の言葉を否定した諏訪は、読んでいた本を机に置くと笹森を見た。

「別にたいした理由はねえ。強いて言うなら、記者会見で嵐山たちが出てるのを見て、俺よりも年下が頑張ってんなら、俺にもできることがあんじゃねーのかって思っただけだ」
「そうなんですね」

笹森は諏訪の答えに納得した様子を見せた。

「やっぱり、諏訪さんはかっこいいですね」
「はあ?」
「オレ、諏訪さんみたいに、人に慕われる男になりたいです!」
「それは同感だな」

「…俺はそんな男じゃねえんだよ」

諏訪はそう言うと、ソファーから立ち上がり「ちょっとタバコ」と言って、作戦室から出て行った。

「…オレ、何かまずいこと言っちゃいましたか?」
「そんなことないと思うけどな…」





諏訪は喫煙室に入ると、タバコを1本取り出してライターで火をつけた。
先ほどの笹森の言葉を思い出す。

「…人に慕われる…ねえ…」

諏訪は火のついたタバコを見つめる。

「…好きな女一人守れない男が、そんな器じゃねーんだよな」







諏訪には好きな女の子がいた。
高校の時のクラスメイトで、1年の時から同じクラスということもあり、自然と仲良くなっていた。

「諏訪くん、今日も目つきが悪いね〜」
「うるせーな、言ってろ!」
「でも、そんな諏訪くんはなぜだか後輩に慕われるのよね」
「さすがだろ」
「?」
「マジでわかんねーって顔するな!」

飾らない性格の彼女に、諏訪はどんどん惹かれていった。

「諏訪くんって、なんだかんだ面倒見がいいよね」
「あ?そうか?」
「うん。困ってる人は放っておけない、誰にでも優しくてみんな諏訪くんのことが大好きなんだよね」
「…別に誰にでも優しくしてるわけじゃねーぞ?」
「そうなの?」
「当たり前だろうが」

諏訪はそう言うと、彼女の頭を乱暴に撫でた。

「特別に思ってるやつだけだ」
「もー…グチャグチャ…。そんなこと言うと、勘違いしちゃうよ?」
「勘違いじゃねーからな」
「…ふふ!」

あの頃の諏訪は、幸せだった。



そんな二人の関係が変わったのは、第一次大規模侵攻のせいだった。
彼女の家は東三門市にあり、大規模侵攻の被害を受けた。
家族は全員ネイバーに殺されてしまい、生き残った彼女も後遺症の残る大けがをしてしまった。

「諏訪くん…」
「…だい…だ…」

大丈夫か、と聞きたいが、大丈夫ではないことは一目瞭然だ。
諏訪は、こんな時に気の利いた言葉ひとつかけてあげることができない自分の無力さを呪った。

「…なくなちゃった…」

彼女の片目は包帯で覆われいた。
少し大きさの大きい入院着から見える肌の部分には、全て包帯が巻かれていた。

「全部…なくなっちゃった…」

彼女の目からは涙がこぼれていた。
そんな彼女に近づくと、諏訪は「…俺がいる…」と言った。
諏訪の言葉を聞き、うつむいていた彼女は少しだけ顔をあげると諏訪を見た。

「…おまえのことを守る。絶対に一人にさせない…だから…生きてくれ」
「…諏訪くん…」

そんな諏訪の言葉に、彼女は何も答えなかった。




「記憶封印措置…?」
「そう」

大規模侵攻から2週間ほどが経ったある日、諏訪が彼女の病室を訪れると、彼女はそう言った。

「…あの怪物と戦ってた組織の人が来て、大規模侵攻で傷ついて、どうしても生きていけない人たちには記憶を封印してあげるって言われたの。他言無用だよって言われたけど、諏訪くんには伝えておこうと思って」

「…それは…どこまで忘れるんだ?」
「…わかんない」

彼女は顔を伏せる。

「多分…高校時代のことはみんな忘れると思う…」
「!」

それは、諏訪のことを忘れるということだった。

「…ごめん…ごめんね諏訪くん…」

彼女はそう言うと、顔を両手で隠した。
それでも溢れる涙は、彼女の頬を伝って布団に大きな涙の痕を作る。

「…私…もう耐えられない…一人なのが怖いの…」

諏訪は彼女のもとに近づくと、そのまま抱きしめた。

「諏訪くん…ごめんね…弱い私でごめんね…」
「…おまえは弱くねえよ…」

いつの間にか、諏訪の目からも涙が流れていた。

「…諏訪くんが泣いてるの初めて見た」
「…そうかよ」
「諏訪くん…諏訪くん…」
「あ?」
「…ありがとう…諏訪くんのこと…大好きだったよ…」


3日後、彼女はボーダーによる記憶封印措置を受け、記憶を封印された。
ネイバーによる大規模侵攻は、彼女の心を蝕み、生きていくには辛すぎる記憶だった。
高校の時の記憶を封印することで、東三門市から出て新しい土地でまた新たなスタートを切ることした。





そして今、諏訪は大学3年になった。

「今年は嵐山や生駒たちが入学してくる。うるさくなりそうだな」
「はー、めんどくせえ。ま、大学は広いからな、そんな会うことはねーだろ」

風間、木崎とカフェテリアでお昼を食べている諏訪。

三門市立大学には、ボーダー隊員が多数在籍している。

「そういえば諏訪、おまえ告白されてただろう」
「そうなのか?」
「なんでてめーが知ってんだよ!」

風間の言葉に、諏訪は飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。

「おまえに好意を持つ女子はなかなかいないのに、なぜ断った」
「断ったのか。生意気だな」
「うっせー!筋肉ゴリラ!つーか、なんで断ったことまで知ってんだよ!」

諏訪は風間に詰め寄る。

「人がいるのに気づかないおまえたちが悪い」
「要するに、のぞき見してたってことだろ」

「たしかに、おまえは回数は少ないが告白はされるのに付き合ったりはしないな」
「生意気だな」
「おめーらケンカ売ってんのか?買うぞ?」

そんな話をしているところに、藤丸と月見、そして橘高が現れた。

「風間さんたちじゃないですか」
「ボーダー19歳オペトリオ」
「間違ってはいないですね」
「入学おめでとう」
「ありがとうございます」

3人の後ろには、もう一人、見慣れない女性がいた。
その女性が橘高の後ろから顔を出すと、諏訪は持っていたコーヒーを机に落とした。

「おい諏訪!!」
「どうした?」

木崎と風間が落としたコーヒーの缶を拾ったり、机と諏訪の服にこぼれたコーヒーを拭こうとしているが、諏訪には全く目に入っていなかった。

「(な…なんでだ…)」

橘高の後ろから顔を出したのは、あの日、記憶封印措置を受けて東三門市から出て行った彼女だった。

「わー!大丈夫ですか!?」

「…苗字…」

あの日、なくしたと思った彼女が、諏訪のもとに帰って来た。



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