「長い1日やったな。心臓がいくつあっても足らんかったわ」
「…わたしも、ずっと怖かったよ…」
「せやな、一緒に帰るで」
「…うん」
小佐野は諏訪たちのもとに戻ると「と、いうことで女主人公は水上先輩と一緒に帰ったよ」と言った。
「知ってる。見てた」
諏訪たちは女主人公たちのやり取りを見ていた。
「多分大丈夫でしょ」
「だな」
「女主人公のこと、かなり心配してたみたいですね」
「人前でちゅーすんなって感じ」
「意外だよな」
「でも、100点満点の対応だよね。予想以上にげろ甘だったけど」
「なんだかんだ、水上も女主人公のことが好きだってことだろ。いいことじゃねーか」
水上と女主人公は、諏訪隊の作戦室に戻り、トリガーを解除してから帰る準備を始めた。
「水上くん…」
「ん?」
「…ううん、なんでもない…」
「…女主人公…」
水上が女主人公の名前を呼ぶのと同時に、水上のボーダー支給端末が鳴る。
「…はい」
『水上?おまえどこおんねん。これから遅番シフトのチームは通常通り、防衛任務やと』
「…マジすか?」
『マジやマジ。ラウンジ入り口集合や』
「…俺、もうほとんどトリオンないんですわ」
『ホンマかいな』
クイッと袖を引っ張られた水上は、女主人公のことを見る。
女主人公は口パクで、”行って”と伝えた。
「…ホンマすんません。少しだけ遅れて行ってもええですか?1時間で戻りますんで」
『そりゃあしゃあないからな。気にせんでええよ』
そう言うと水上は電話を切る。
「…わたしなら大丈夫だよ?」
「どこをどう見たら大丈夫なん?俺の前で無理する必要ないやろ?」
「…だって…仕事だし…」
「防衛任務も大事やけど、今日の俺には女主人公のが大事や」
そう言って水上は女主人公を抱きしめる。
「好きやで…ホンマ、怪我がなくてよかったわ…」
「ありがとう…」
「我慢せんで、なにかあったらすぐ呼んでな」
「…うん。水上くんも、防衛任務頑張ってね」
水上は女主人公を家まで送り届けると、生駒隊の担当区域に向かう。
「イコさん、すんません」
「来たな」
『水上先輩、来たんですか?』
「なんや、文句あんのか?」
『いえ、女主人公先輩は大丈夫なんですか?』
「…わからん。大丈夫やと思うけど…」
「ん?なんや女主人公ちゃんがどないしたん?」
「目の前で人が殺されて、ショック受けとるんです」
「マジか、そらショックやろな」
「女主人公先輩大丈夫なんすか!?」
「…わからんて!」
同じことを聞かれて、水上はさすがにイラつきを隠せなかった。
「…ホンマに大丈夫なんか…俺が一番知りたいわ…」
「…すんません…」
「っ!すまん、気にせんといてや」
そう言って水上は頭を抱える。
「すまん、海に八つ当たりしてもうた…」
「気にしてないっす!」
「水上にも人間らしいところあるんやな」
「イコさん…俺のことロボットかなんかと思てます?」
「いや、そんなことはないんやけどな。ただ、感情を表に出しとる水上はレアやからな。女主人公ちゃんに感謝せな」
「…はあ?」
「ええことや。それだけ好きやっちゅーことやん。青春やん」
生駒のセリフに、水上は吹き出した。
「ほんまイコさん…青春て…!」
「お、笑ったな!珍しいやん」
「…ありがとうございます」
「ええねんで。もっと感情出してこうや」
「…はい」
防衛任務を終えた水上は、忍田のもとを訪れていた。
「水上か。珍しいな」
「バタバタの中、すんません。聞きたいことがあって来ました」
「どうした?そんなに時間は取れないが、何かあったのか?」
「あの…記憶封印措置って何か使うのに条件とかってあるんですか?」
「…なぜだ?」
水上の質問に、質問で返す忍田。
「…本人にとって、辛い記憶があって、忘れたいって言ったら記憶封印措置をしてくれるんかと思いまして」
「…女主人公か?」
「…そうです」
忍田は水上と女主人公の関係性を知っているので、エネドラとのことが関係しているとすぐにわかった。
「…もし使ったとして、一部の記憶をピンポイントで消すのは難しい。誤作動が起こって、おまえのことも忘れてしまう可能性があるが、それでもいいのか?」
「…構いません…」
水上は忍田のことを真っ直ぐ見て言った。
「もし俺のこと忘れても…また惚れさせるんで、大丈夫です」
「…!おまえは…」
水上の言葉を聞いて、忍田は微笑んだ。
「いい意味で変わったな」
「そうですか?」
「ああ。…多分、本人は望まないと思うが、もし本当に彼女が記憶封印措置を望むのであれば、検討しよう」
「…ありがとうございます」
話が終わった水上は、部屋を出てボーダー本部にある自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、意外な実物に声をかけられた。
「甘くない?」
「…菊地原」
水上に声をかけてきたのは菊地原だった。
「水上先輩って、そんな感じだったんだ」
「なんやねん」
「女主人公先輩に甘すぎ。こんなんで記憶封印措置使ってたら、この先やってけないと思うよ」
「…聞いとったんかい。悪趣味やな」
「聞こえてきたんだよ」
「ほーん」
「…女主人公先輩のことになるととことん甘いよね。そんなんで大丈夫なの?」
「口は悪いけど、ようは女主人公のこと心配しとるんやな」
水上がそう言うと、菊地原は「別にそういうんじゃないし」と言った。
「ただ、これからもこういうことは起こるだろうし、遠征に行くとかってなったら、女主人公先輩が大変だろうなって思っただけ」
「それを心配って言うんやで」
「うるさいなー」
それだけ言うと、菊地原はその場から去って行った。
「…菊地原とそんな接点あったんか?意外な友好関係やな」
その日の夜、女主人公にメッセージを入れた水上は、女主人公からの返信を見て、多分大丈夫なんだろうと思った。
無理はしないでほしいが、必要以上に気にしてほしくない。
ただ、水上にとっては初めての大規模侵攻だったが、三門市出身の女主人公にとっては、2回目の大規模侵攻だ。
ボーダーを辞めたいと思っても仕方ない。
そう思いながら、眠れない夜を過ごした。