たしかにそうだ。
だけど、今回のことはさすがにぼくが悪かったから、2人に謝ろうとボーダー内を探す。
こういう時に便利なぼくのサイドエフェクトだけど、見つかるだろうか。
2人の声を拾うために髪の毛を結ぼうとしていると「よお、菊地原!」と、迅さんに声をかけられた。
「…迅さん…なんですか?ぼくのこと笑いに来たんですか?」
「ちがうよ。おまえはどうしてそんなひねくれた考え方しかできないの」
迅さんは、相変わらずぼんち揚げを片手に持ちながらぼくに近づいてきた。
「なんの用ですか?ぼく急いでるんですけど」
「はいはい。おまえはさ、風間さんのことが心配なんだろ」
「そうですね」
「風間さんにとって、苗字さんを支えるのはお兄さんからの遺言の一つでもあるんだよ」
「遺言?」
なんで迅さんがそんなこと知ってるんだ、と思ったけど、迅さんも昔からボーダーにいた人だった。
「まあそんなかたっくるしいやつじゃないけどな。遠征に行くとき、遠征メンバーは遺言書を書くんだ。万が一があってもいいように…そこに、”苗字さんのことをできる限りサポートしてやってくれ”って書いてあったんだって」
「…何それ…」
「元々風間さんも、お兄さんから紹介もされてて、何度も会ってたし、将来の義姉だと思って接してたから今更他人には戻れないよね」
「そんなの…そんなのお兄さんの勝手じゃないですか!なんでそれを律儀に守らなきゃいけないんですか?」
「…おまえは知らないと思うんだけど、風間さんのお兄さんが死んだのは、苗字さんを助けたからなんだ」
「え?」
戦闘中、一般市民の子どもを助けようと敵から目を離した瞬間、別の敵から奇襲を受けて背中を斬られた苗字さんに気づいた風間さんのお兄さんがすぐに援護に入ったけど他にも敵が隠れていて、風間さんのお兄さんが苗字さんを庇うようにして攻撃を受けた。
それが致命傷になって、風間さんのお兄さんは亡くなったらしい。
「あの後の苗字さん、本当に大変だったんだ。精神状態がね。自分のせいで進さんが死んじゃったって泣き叫んでさ。薬で強制的に眠らせて、精神安定剤を投与しないとダメだったんだけど、風間さんがボーダーに入隊したことで落ち着いたんだ」
「…」
「最初のころは、それこそ風間さんをお兄さんと間違えてることもあったんだけどね…それでも苗字さんはここまで立ち直った。風間さんのおかげだよ」
「い…歪すぎません?そんな関係…絶対おかしいですよ…」
ぼくは全く理解できなかった。
そんな、へんてこな関係の上で2人は成り立っているのか。
「普通はそう思うよね。だけど、多分…風間さんも苗字さんのことが好きなんだと思う」
「…!」
「最初はもちろん、お兄さんの彼女って見てたけど、今は一人の女性として好きなんだと思うよ」
「…」
「だから、今は進さんとの約束ってことで苗字さんと一緒にいるけど、いつか自分のことを見てくれる日が来ることを待ち望んでるんだと思う」
「何それ…報われないじゃん…そんなの…」
苗字さんが風間さんを見てくれるかなんてわからないのに、なんでそんなに献身的なんだろう。
「風間さんは、それでもいいんだよ」
「…ぼくにこんなのことベラベラ喋って良かったんですか?」
「んー、まあダメだろうけど、風間さんは絶対ここまで話さないからね。おれがフォローしておこうかなって思って」
「なんで?」
「風間隊にはこれからたくさん働いてもらう予定だから」
「うわー…やな感じ…」
「なんとでも言えよー、悩める少年!」
「うるさ」
風間さんが、本当に苗字さんのことを好きなら、ぼくが何か言う権利はない。
たとえ、2人の関係が歪でも見守るしかない。
「それにさ、あんまり言わないでおこうとは思うけど、2人の未来は結構明るいんだよね」
「そうなんですか?」
「そう。だから菊地原はあんまり心配しすぎないで、さっさと謝っておいで」
「わかってるよ」
「風間さんたちはあっちの仮眠室にいるよ」
「ありがとうございます」
迅さんに一応お礼を言って、ぼくは仮眠室を目指す。
仮眠室の前について、どの部屋にいるかサイドエフェクトを使って探そうと思ったけど、やっぱりやめた。
2人が中で何を話しているか知らないけれど、素直に待っていることにしたほうが良さそうだ。
待ち続けて20分くらいしたら、仮眠室の部屋の扉が開いた。
「菊地原」
「お疲れ様です…」
「菊地原くん」
そこには、多分泣いたんだろうなって顔をした苗字さんと、眉間にしわを寄せた風間さんがいた。
「なんの用だ?」
「蒼也くん、そんな怖い顔しないの」
「あ…あの…苗字さん…さっきはすみませんでした」
ぼくは頭を下げた。
「知らないのに、何も知らないのに好き勝手言ってしまって…さすがに反省してます」
「一言余計だ」
「蒼也くんも」
苗字さんはぼくに近づくと、そのまま少しだけ体を下げて目線をぼくに合わせた。
「いいんだよ。菊地原くんの言ってることは、何も間違ってない。私が蒼也くんに甘えてたのは本当だから」
「俺のことは気にしないでください」
「ううん。やっぱり、このままだといけないと思ったんだ。進が死んじゃってから…もう4年だもん。辛いのは私だけじゃないし、むしろ蒼也くんの方が辛いはずなのに、私のせいで蒼也くんは辛いとも言えなかったから」
「辛い気持ちは他人と比べるものではないです」
「ありがとう」
苗字さんは、今度は風間さんの方を見て「でも、もうこれ以上は甘えられない。蒼也くんは進じゃない、進の代わりにしちゃいけないんだ」と言った。
その言葉を聞いた風間さんの表情は、普段のポーカーフェイスが崩れて、本当に辛そうだった。
「…蒼也くん、本当にありがとう。多分、蒼也くんがいなかったら、私は進の後を追ってたと思うから、本当に感謝してるんだ」
「苗字さん…そんなこと言わないでください」
「だから、もうこれ以上私のわがままで蒼也くんを縛ることはできないよ」
苗字さんはそ言うと、風間さんに向かって手を伸ばした。
「握手しよう。これからは職員とボーダー隊員として、よろしくね、風間くん」
「っ…」
風間さんは、一瞬ショックを受けた顔をしたけれど苗字さんの手を掴んだ。
「ありがとう」
「…嫌です…」
「え?」
風間さんは苗字さんに一歩近づくと「嫌です」と、今度はハッキリと言った。
「最初は…確かに兄に頼まれたから、という気持ちもありました。けど、それだけで何年も一緒にいられるほど、俺はできた人間ではありません」
「そ…蒼也くん…」
「俺も…兄と同じくらい苗字さんのことが大切です」
これ以上は聞かない方がいいな。
ぼくは、2人に気づかれないようにその場から立ち去った。
と言っても、途中から2人の世界に入ってたから、ぼくがいてもいなくてもどっちでも良かったと思うけど。
風間隊の作戦室に戻ると、歌川と三上先輩がまだいた。
「おかえり」
「まだいたの?」
「心配してたんだよ。どうだった?」
「…ちゃんと謝りました」
「そうか。えらいぞ菊地原」
「子ども扱いするのやめてくれる?同い年でしょ」
歌川がぼくの頭を撫でてきそうだったから逃げた。
「苗字さん、わかってくれた?」
「多分大丈夫です」
「風間さんは許してくれたか?」
「うーん…多分?苗字さんが許してくれたら自動的に風間さんも許してくれると思う」
「まあそうか」
「それに、今はぼくのことよりももっと別のことで頭がいっぱいだと思うよ」
「別のこと?」
風間さんが苗字さんにどこまで伝えるのか。
そして、風間さんの想いを知った苗字さんがどう答えるのか、ぼくにはまだわからないけど、できることなら2人には幸せになってほしい。
だって、ぼくの大好きな先輩と、ぼくの大好きな先輩が好きな人だから。