「女主人公、今日はボーダー行かないの?」
「…行かない。すみくんだけ行って」
部屋の外から声をかけても、こんな感じでご飯もあんまり食べないし、夜もなかなか眠れていないようだった。
多分、目の前でネイバーとはいえ、人が殺されるところを目撃してしまったのが、相当ショックみたい。
「それじゃあ、今日もおれ一人で行くからね…」
「…」
「…明日は一緒に行こうね」
「…」
学校は一週間休校になっている。
ボーダー上層部は、警察や自衛隊と協力して三門市の復興支援をしているそうだ。
おれたち隊員は、防衛任務のない時は本部でソロランク戦をしたり、隊員同士でお喋りしたりと、特に変わらない日常を過ごしていた。
「お疲れさん」
「水上くん、お疲れ様」
おれが食堂でグダグダしていると、水上くんに声をかけられる。
「なんや締まりのない顔しとんな」
「いいんだよー。元々こんな顔だから」
「もっとシャキッとしとるやろ」
「グダグダにもなるよー…」
そう言うと、おれは机に顔を伏せた。
「ハァ…」
「お疲れやな」
「…水上くんは気にならないの?」
「何を?」
「…女主人公のことに決まってるでしょ!」
おれは顔を上げて、少し苛立ったようにそう言うと「気になるから今ここにおるんやろ」と水上くんが答える。
「え?」
「…返信は来るけど、電話には出ぇへんしボーダーにも来ぉへん恋人のことが、気にならないわけないやろ」
「…そうだよね、ごめんね…」
「別に自分のこと責めてるんとちゃうねんけど」
「…水上くんの気持ちをちゃんとわかってなかったよ」
水上くんが女主人公のことを心配していないわけがない。
だって、大規模侵攻の後、忍田さんに記憶封印措置のことを聞きに行っていたって菊地原くんから聞いたから。
女主人公の、辛い記憶が消えるなら、自分のことを忘れてしまっても構わない、って思うくらい女主人公のことを大好きな水上くんが、心配していないわけがない。
「どうなん?」
「…部屋に引きこもりっきりだよ。あんまりご飯も食べてないし、夜も眠れてないみたい…」
「…せやろな…」
おれがそう言うと、水上くんは自分の頭を乱暴に掻いた。
「ホンマに…心配や…」
「何かきっかけがあればいいんだけどね…。まだ、気持ちの整理がつかないみたいだね」
「…待っとるだけっちゅうのも嫌やな」
水上くんはさっきまでおれがしていたように机に顔を伏せると「…ホンマやったら、今すぐ女主人公の部屋に行って、女主人公のこと抱きしめたいねんで」と力なく言った。
「水上くんって、クールそうに見えて実は恋人を思いっきり甘やかしたいタイプだよね」
「やめろや。そういう恋人としての一面を知っとるんは女主人公だけでええねん」
「なら見せないでよ」
散々おれの前で女主人公のことを甘やかしているのに、何を言ってるんだ。
「…なら、うち来る?」
「…は?」
おれが提案すると、水上くんは伏せていた顔を上げた。
「だから、うちに来て女主人公と話すって聞いてるんだけど?」
「うちって…実家やろ?」
「当たり前でしょ」
「どないな顔で行くんや?」
「はあ?女主人公の恋人ですって顔で来るんでしょ」
おれがそう言うと、水上くんは「ま、まだ早ない?」と小さな声で答えた。
「あのさぁ、別に結婚のあいさつに行くとかって言ってるんじゃないんだから、何をそんなに緊張してるのさ」
「そ、そんなん当たり前やろ。まだちゃんとプロポーズもしてへんのに」
「ちょっとまって、”まだちゃんと”って何?ちゃんとじゃないプロポーズはしたってこと?」
「そんなん今はどうでもええやろ」
「いやいや、どうでもよくないでしょ」
おれが話を続けようとすると、水上くんは「その話はまた今度な。ほんで、マジで家に行ってもええんか?」と聞いてくる。
「…正直、あんまりいい気はしないよ」
「なんやねん」
「けど、女主人公のことが心配だし…。おれだけじゃなくて母さんとか姉さんたちも心配しているし…。水上くんに会って、少しでも女主人公が元気になるならそれでいい」
「犬飼…」
「ほんっとうに不本意だけどね…。女主人公のことは、おれが元気にさせてあげたかったし…」
「しばくぞ」
携帯を取り出して、母さんに連絡を入れる。
「とりあえず、母さんに連絡するから。今日、おれの友達兼女主人公の恋人を連れて行くって」
「そ、それは言わんでもええんちゃう?」
「覚悟決めてよね。別に父さんに言うんじゃないんだから、まだマシでしょ」
「そ、それはそうやけど…」
おれがメッセージを入れると、すぐに既読になって返事が返って来た。
うわー、すごい前のめりだな。
水上くん、きっと色々聞かれるだとうなー、ドンマイ!
「防衛任務は?」
「今日はない」
「それじゃあ早速今から行こうか!おれも今日は何もないし」
「ちょ、待て待て」
この期に及んでまだ何か言おうとしてくる水上くんの腕を掴んで、おれは問答無用で引っ張った。
途中で「さすがに手土産は必要やろ」と言って寄り道したケーキ屋さんの箱を持って、水上くんとうちに帰る。
「はーい、ここがうちです」
「でっかい家やな」
「そう?普通じゃない?」
「いや、普通ではないやろ」
ドアを開けて、中にいるであろう母さんに「ただいまー」と声をかける。
すると、バタンと大きな音がして、リビングから母さんが出て来た。
「おかえり!それにいらっしゃい!水上くん、だっけ?」
「あ、はい、お邪魔します」
「どうぞ、どうぞ!さ、入って、入って!」
母さんのテンションがすごく高い。
それもそうだ。
女主人公の彼氏が初めてうちに遊びに来たんだから。
まあ、呼んだのはおれだけど。
「座っててねー。何飲む?コーヒー?紅茶?」
「あ、コーヒーで。それと、これ、皆さんで良かったら」
「あらあら、まあまあ。ご丁寧にありがとう。後で女主人公も呼んで食べましょうね」
手土産を受け取った母さんは、嬉しそうな顔をする。
「母さん、女主人公は今日部屋から出て来た?」
「…ううん…。とりあえず、お昼ご飯は渡したんだけど、食べたのかどうか…」
「そっか…」
「でも、今日は水上くんが来てくれたから、もしかしたら部屋から出て来るかもしれないわね」
「…そうだね」
水上くんは「あの、女主人公さんとお付き合いさせてもろてます、水上敏志です。よろしくお願いします」と自己紹介をする。
「こちらこそ、女主人公と仲良くしてくれてありがとう」
「女主人公さんの部屋って2階ですか?」
「ええ」
「…よければ、声かけてきてもええですか?」
「もちろんよ。澄晴、水上くんを案内してあげてね」
「うん」
おれは水上くんに「こっちだよ」と言ってリビングを出る。
「階段の上の、ここが女主人公の部屋」
「…とりあえず、声かけるわ」
「うん」
水上くんは、女主人公の部屋の扉をコンコンッと軽くノックをすると「女主人公?俺やけど?」と言った。
すると、中からドタンバタンッという大きな声が聞こえてきて、部屋の扉が少しだけ開いた。
「み、水上くん…?」
「おん」
「な、何でいるの!?」
「女主人公のことが心配で、犬飼に頼んで家にお邪魔してん」
「あ、ありがと…。だけど、わたしお風呂に入ってないし、髪の毛ボサボサだから今は会いたくない…」
「どんな女主人公でも問題なく可愛いやろ」
「全然可愛くないんだってー!水上くんには、いつでも可愛い姿を見てほしいから、今日は帰ってほしいな…」
女主人公がそう言うと、水上くんは「でも、結婚したら寝起きの顔やらボサボサの髪やらなんでも見ることになるんやで?その予行練習やって思ったら別にええやろ?」と聞く。
「水上くん…」
聞き捨てならないセリフが聞こえてきたことは、一旦スルーしよう。
「あ、あんなことがあったのに…まだ、そんな風に思ってくれるの…?」
「あん時も言うたけど、女主人公はなーんにもされとらん。せやろ?」
「…う、うん…」
水上くんがそう言うと、女主人公がポロポロと涙を流し出した。
「女主人公!?」
「女主人公、部屋ん中入ってもええか?」
「…で、でも…」
「犬飼、少しだけええやろ?何もせん。神に誓う」
「…はいはい。水上くんのこと信じてるよ」
おれが返事をすると、水上くんは少しだけ笑って女主人公の部屋の中に入って行った。
おれはそれを見届けて、一旦リビングに戻ることにした。
「あら?どうだった?」
「多分もう大丈夫だよ」
「そう?それなら良かったわー。水上くん、礼儀正しくていい子ね」
「まあね」
「賢そうな子だし、女主人公を安心して任せられそう」
「そ、それはどうかな〜!!」
「澄晴、あなたは早く妹離れしなさい」
女主人公が大丈夫そうで安心したけど、やっぱりおれが元気にさせてあげたかったよ!!
でも、今日だけは水上くんに感謝してあげる!不本意だけどね!