女主人公は、少し大きいお店のTシャツを着て、エプロンを付けて、一生懸命接客していた。
小さい体で食器を運んでいる姿は、なんというかすごいグッときた。
今思えば、ひとめぼれだった。
よく行くけど、女主人公が店にいることはあんまりなかったから、たまにいると少し嬉しかった。
バイトでもない、ここの家の娘でもない女主人公が誰なのか、いまいちわからなかったが、その疑問は意外と早く解決した。
「おー、雅人くんに女主人公ちゃん!今日も頑張って手伝いしててえらいな」
「うるせーなー!」
「おじさん、あんまり雅人くんのことを構うと逃げちゃうよ」
「俺はネコか!」
「二人はいつも仲良いね。可愛いカップルだわー」
常連客のそんな会話が聞こえてきた時に、あいつらは付き合ってるんだなと理解した。
たまに彼氏の家の手伝いをする彼女ってところか。
そりゃあそんな頻繁にはいないだろうな、と納得した。
同時に、俺の失恋が確定した。
高校に入学した初日、B組に入って自分の席に座る。
黒板に貼られている席順を見る限り、隣の席は多分女子。
知り合いのいない教室で、俺はボーッと扉から入ってくるクラスメイトを眺めていた。
「…!」
そこに、俺の知っている人間が現れた。
一方的に知っている初恋の相手。
「(なんでだ…)」
お好み焼きかげうらの次男坊は、頭がいいという話は聞かない。
常連客のおじさんたちにも頭の悪さをからかわれている姿を見たことがある。
だから、てっきり同じ学校に行くんだとばっかり思っていたから、六頴館に女主人公がいることに驚いた。
さらに、女主人公は俺の隣に座った。
「(苗字女主人公っていうのか…)」
ここで俺は、初めて女主人公のフルネームを知った。
驚きのあまり女主人公を見たまま固まっていたら、女主人公が俺の方を見た。
「こんにちは、よろしくね」
「…おう」
俺はなんとか平常心を保っていたけれど、内心はめちゃくちゃ焦っていた。
「おまえ、かげうらの次男の彼女だろ?」
これは賭けだった。
同じクラスになって、隣の席。
諦めたと思っていた俺の恋心は復活してしまったようだ。
なら、きちんと確認してきちんとフラれよう。
そう思って女主人公に聞いた。
「残念ながら、かげうらの次男の幼なじみです」
「え?おまえら付き合ってなかったのか。あの距離感で?」
「どの距離感なのかわからないけど、付き合ってないのよ」
「まじか。変なこと言って悪かったな」
「素直に謝れるところは、荒船くんの長所よね」
まさかの答えだった。
絶対に付き合ってると思っていたが、ただの幼なじみだったようだ。
あの後、普通に会話を続けていたけど、俺は内心ガッツポーズをしていた。
これはチャンスだと思って、次の日から、俺は積極的に話しかけるようになった。
そこで、女主人公がボーダーに入隊していることを知ったので、ボーダーを口実に一緒に帰る約束を取り付けた。
ボーダーに着くと、予想通りかげうらの次男がいた。
「かげうらの次男じゃねーか。やっぱりおまえもボーダーだったのか」
「あたりめーだろ」
「こっちのでかいのは?」
「でかいって、確かにそうだけど酷いな〜。カゲと同じクラスのゾエさんです」
「よろしくな。俺も今日から仮入隊なんだ」
「丁度いい。俺たち4人で2対2でもやっか?」
カゲとゾエ、三人で話をしていると、女主人公が少し離れた距離から俺たちのやり取りを見ていた。
「何黙ってんだ?」
「んー。雅人くんに友達が増えるの嬉しいなって思ってただけ」
「へいへい。おめーは俺のカーチャンか」
「こんな大きい子どもを生んだ覚えはないけどね」
なるほど、こいつらはこういう感じなんだな。
さすが幼なじみ、なんだかんだ空気感が似ている。
カゲと女主人公が話していると、女主人公が少しだけ笑ったのが見えた。
「あ!苗字ちゃんが笑うの、珍しいね!ゾエさんびっくり」
「確かに、苗字はあんまり感情を表に出さないよな」
カゲと女主人公が幼なじみ独特の空気感を出すというのなら、俺はもっと正攻法で攻めようと思う。
「あんまり見ないで」
「レアだな!いいもん見れた。苗字は綺麗なんだからもっと笑った方がいいと思うぞ」
「…」
「あ、荒船くん、だいぶストレートだね」
「荒船、おめーはブース入れ!」
俺がストレートに褒めると、カゲが怒って俺をブースに連れて行った。
後ろを振り返ると、ほんの少しだけど女主人公が照れているように見えた。
やっぱり遠回しじゃなくて、ストレートに褒めるのが正解か。
「あ?荒船、おめーずいぶん楽しそうだな」
「ん?そうか?」
「嬉しそうな感情刺してくんじゃねー。今からボコボコにしてやるっつーのに」
「感情を刺す?なんだそれ?」
「俺のクソ能力」
カゲはそう言うと、隣のブースに入っていった。
10本勝負が終わってからカゲに聞くと、感情受診体質、というサイドエフェクトがあって、向けられる感情がわかることを知った。
「なるほどな。だからカゲにはなかなか攻撃が当たらないんだな」
『そーいうこった』
「じゃあもっと工夫しないとダメだな…意識しない…は難しいからだったら…」
と俺がぶつぶつ独り言を言っていると『…だから安心しろよ』とカゲは言った。
「ん?何がだ?」
『俺に羨ましいーって感情刺してくる暇があったら、もっと本人にアピールしろよ』
「…!?おま!バレて…!!」
『バレてねーと思ってたのか?むしろ俺のクソ能力がなくても気づくっつーの』
そう言うとカゲは笑った。
『あんな風に見られたらわかるわ!』
俺がカゲと女主人公を見ていたことがバレていた。
『あ、女主人公には気づかれてねーから安心しろ』
「そうだと助かる…」
『言っとくけどな、俺たちはただの幼なじみだから勘違いすんじゃねーぞ?』
「わかってる」
そう言って俺はブースを出た。
「荒船くん、お疲れ様」
「おう」
「次は私とやる?」
「また今度な」
カゲの様子を見ていると、女主人公に対して恋愛感情はなさそうだ。
女主人公も、多分カゲのことは幼なじみとしてしか見ていない。
なら、俺はこのまま少しずつ距離を縮めていくしかないな。