「ちょっと岩ちゃん!女の子に向かってそんな言い方ないでしょ!」
岩泉一と及川徹は、競い合うように階段を駆け上がると、ノックもせずに幼なじみの部屋のドアを開ける。
中に入ると、部屋の主はベッドの上で布団をかぶって泣いていた。
「…勝手に部屋開けるなっていつも言ってるでしょ…」
「おまえはいつまで落ち込んでんだって言ってんだよ!飯食え!」
「いらない…」
「名前ちゃん、ご飯は食べないとダメだよ」
「いらないの、食べたくないの…」
岩泉はベッドに近づくと、布団を思いっきり引っ張った。
「ギャー!!何すんのよ!」
「元気じゃねえか!」
「元気じゃないよ!見てわかんないの!?号泣してるんですけど!」
「名前ちゃん、最後の大会お疲れ様」
「あんたはこんな私を見て普通に話を続けるな!」
岩泉と及川は、名前の隣にそれぞれ腰掛ける。
「俺たちの最後の試合は観に来いよ」
「言われなくても行くに決まってるでしょ」
「名前ちゃん俺らのバレー大好きだもんねー」
「小学校の時から2人のバレー大好きですけど何か?」
「急にデレるのやめて!」
「クソ川うるせーよ!」
「岩ちゃんひどい!」
中学最後の大会、初戦から強豪校と対戦し、1セットも取ることができず負けた北川第一女子バレー部主将の苗字名前。
岩泉と及川とは同じバレー教室で出会い、家も近くて同い年ということもあり、すぐに仲良くなった。
北川第一中学に進学すると、それぞれ男子バレー部と女子バレー部に所属して、3年間バレーを続けてきた。
女子バレー部は男子ほど強くはなく、それほど注目されていたわけではなかったが、名前は部員たちと一緒に毎日遅くまで練習をして、中学最後の大会に臨んだ。
だが、結果は初戦敗退。
名前のバレー人生はここで終わることになる。
「あんたたちは、絶対勝ってよ」
「もっちろん!今回こそはウシワカに勝つ!」
「バレーは」
3人は声を合わせて「6人で強い方が強い!」と言って、笑い合った。
「やっと笑ったな」
「まあ、元々あんたたちみたいにバレーの才能があったわけじゃないからね」
「そんなことないよ!名前ちゃんは普通に上手だったよ!」
「普通にね。でも、普通なの。凡人。だからいいんだ。私のバレーはここまで」
「高校はどうすんだ?」
「…2人は推薦でしょ?」
「うん!青葉城西だよ」
「青城かー」
「え、名前ちゃんも青城でしょ?一般で受けるよね?」
「おまえの成績なら問題ねえだろ」
「問題ないどころか、白鳥沢も合格できそうだって言われてるよ」
名前がそう言うと、及川は怖い顔をした。
「ねえ、それ冗談だよね?」
「徹、顔が怖い」
「茶化さないで。冗談でも名前の口から白鳥沢って言葉、聞きたくないんだけど」
「それは俺も同感だな。言っていい冗談と悪い冗談がある」
「私は先生に言われたことをそのまま言っただけ」
及川は名前の肩を掴むと「名前は!俺たちと青城に行って、高校も一緒にバレーやるの!」と言った。
「白鳥沢なんて行ったら絶交だからね」
「私はバレーは中学で辞めるって言ったよね」
「なら!マネージャーやってよ!一番近くで、おまえの好きな俺たちのバレーを見ててよ!」
「マネージャーなんてやったらバレーやりたくなるでしょ!」
「練習終わった後とか、休みの日とかなら一緒にやってあげるから!」
「強豪校の練習終わった後に私とバレーする体力あるの?」
「多分ない!」
「ないんじゃん!」
そう言って、名前は及川の頭を叩く。
「いったーい!もう!岩ちゃんのせいで名前が暴力的になってるじゃん!」
「こいつが暴力的なのは昔からだろ」
「一、あんたも殴るわよ?」
「やめろバカ!」
名前は岩泉につかみかかろうとするが、岩泉が名前の腕をつかんで止める。
「もー!名前も岩ちゃんも子どもだなー!」
「うっせ!おまえが一番ガキだろうが!」
「な!岩ちゃんひどい!!」
及川もそこに参戦すると、3人はバランスを崩してそのままベッドに倒れこむ。
「いった!徹!どけ!重い!!」
「わー!名前!ごめん!」
「いいから早くどけ!俺が一番重いんだよ!」
及川が名前の上に乗り、2人の下には岩泉が潰されている。
「ぷっ、岩ちゃん潰れてやんの」
「おまえな!」
「いーから早くどいてってば!」
「はいはい!」
及川は急いで名前の上からどくと、名前も岩泉の上からどく。
「死ぬかと思った…」
「ごめんごめん!」
「デブ川」
「俺はデブじゃないよ!筋肉だよ!」
「あ?お相撲さんも筋肉だろうが」
「知らないよ!」
もう一度、3人はベッドの上に座り直すと「んで、さっきの続きだけどよ」と岩泉が話を戻した。
「どうすんだ?」
「青城受けるよ」
「良かったー!名前と絶交することになるかと思った」
「おまえは絶交しても3日とか経ったら忘れて話しかけんだろ」
「岩ちゃん俺のことなんだと思ってるの!?」
そんな2人のやり取りを聞きながら名前は吹き出した。
「あはは!やっぱあんたたちと離れるのは無理みたい」
「だから言ったでしょ!」
「あーあ、私が男で、もう少しバレーの才能があったら、あんたたちと一緒のコートに立てたのにな…」
そう言って、名前はベッドに寝そべった。
そんな名前の顔を覗き込みながら、及川は言った。
「え、名前ちゃんが男だと困るんだけど。将来結婚できないじゃん」
「…別に及川と結婚する予定ないんだけど」
「ええ!?小学校の時約束したじゃん!俺が全国行って、優勝したら結婚するって!」
「…そんな約束したっけ?」
「したよ!てゆーか及川って呼ぶのやめて!」
「一、覚えてる?」
「ああ。正確には、俺らのどっちかと結婚するって約束したんだよ」
「そうだっけ?」
名前は顎に手を当ててうーん、と唸るが「まったく思い出せないわ」と言った。
「名前ちゃんひどい!男心をもてあそんで!」
「女心をもてあそぶあんたに言われたくないわ」
「俺はそんなことしてないもん!周りの女の子たちが勝手に騒いでるだけだもん!」
「可愛くねーぞクソ川」
「2人して本当ひどくない!?」
泣きまねをしている及川は無視して、名前は身体を起こした。
「とりあえず、全国行って、優勝してから考えるわ」
「わかった!今度は覚えておいてよ!」
「はいはい」
その後、夕飯に呼ばれて幼なじみ3人は名前の家でご飯を食べ、解散した。
3日後には北川第一男子バレー部の最後の戦い、宮城県民体育大会決勝戦が行われ、対白鳥沢中等部に初めて1セットを獲った。
結果は白鳥沢に次いで2位、その大会で及川はベストセッター賞を獲得した。
「この賞はウチのスパイカーが一番力を発揮したって証拠だ!」
「それでもウシワカは更にその上かよ、クッソ…」
「まぁまぁ…高校行ったら、今度こそ白鳥沢凹ましてやる…!!!」
「当然だ」
及川はボロボロと涙を流しながらそのまま後ろを振り向くと、後輩である影山飛雄を名指しした。
「そして飛雄ちゃん!」
「!!」
「おまえがこの先どう進むのか知らないけど、いつか戦う時はぶっ潰してやるから覚悟してなよ」
「キメ台詞は鼻かんでから言えよ」
「ティッシュ使いますか」
「うるさい!」
そんな及川と岩泉のことを名前は観客席から見ていた。
「(やっぱりかっこいいなー)」
表彰式が終わり、及川がベストセッター賞の盾を見てニコニコしていると岩泉がツッコミを入れた。
「珍しく裏のない笑顔だな」
「俺の笑顔はいつも真っすぐ純粋だよ!」
「”真っすぐ純粋”って響きがすでに不純だ」
「嬉しいに決まってんじゃん!初めて貰ったし!」
「名前にも見せてやれよ」
「え?」
岩泉の言葉に及川が顔を上げると、観客席で笑っている名前を見つけた。
「名前ーーー!!見て見て!ベストセッター賞だよ!」
及川が大きな声でそう言うと、周りにいた観客や北川第一の部員、白鳥沢の部員までもが一斉に名前を見た。
「あのバカ…!」
「優勝はできなかったけど、かっこよかったでしょ!」
「おまえな…後で名前に怒られるぞ」
「えー!今日くらいいいじゃん!」
未だに名前に向かって手を振る及川に呆れながらも、名前は手すりに手をついて少しだけ体を乗り出した。
「徹!一!かっこよかったよ!最後の大会お疲れ様!」
その言葉に、及川と岩泉は大きく手を振って応えた。