名前は2年生のマネージャーから受け取った入部届を確認し終えると、そう言った。
「あ?」
隣にいた岩泉は、名前の声に反応してノートから顔を上げた。
「あの天才セッターくん。及川のこと目標にしてたっぽいから、てっきりウチに来るんだと思ってた」
「影山か。あいつ、結局どこいったんだ?」
「岩泉知らないの?」
「知らね。やっぱ白鳥沢か?」
「あー、なるほどね」
そんな話をしていると、隣のクラスからいつの間にか5組に来ていた及川が話に入ってきた。
「飛雄ちゃんはねー!烏野に行ったみたいだよ!」
「なんで知ってるの?」
「この前監督と溝口くんが話してるの聞いちゃった。白鳥沢から推薦こなくて、結局烏野に行ったんだって!」
「え、白鳥沢から推薦いかなかったの?意外ー」
「まあ、今の飛雄ちゃんには来ないだろうね」
及川が少し寂しそうな顔をしたことに気づいた名前は、「及川…」と声をかけようとする。
「ふふふふふ、ざまーないね!これに懲りて、自分の身の振り方を考えるといいよ!」
「…うん、いつもの及川だ」
「クソ川だな」
「もう!2人ともひどいよ!てゆーか名前!及川って呼ばないでって言ってるでしょ!」
「あんたのファンを黙らせてから言って」
及川、岩泉、そして名前の3人は北川第一中学を卒業した後、青葉城西高校に入学した。
そして及川の思惑通り、名前は青城男子バレー部のマネージャーになり、マネージャーの立場から大好きなバレーボールに関わっている。
目標としていた打倒白鳥沢は、まだなされていない。
高校1年目も2年目も、白鳥沢に勝つことができず、青葉城西は一度も全国に行くことができていない。
今年こそは、という気持ちの3年目。
4月、高校最後の1年が始まる。
放課後になると、岩泉が名前に声をかける。
「名前、部活行くぞ」
「先に行ってて。私監督に用があるの」
「体育館で聞けばいいだろ」
「あ、ちょっと岩泉!」
岩泉はそう言うと、名前の腕をつかみ、そのまま教室を出た。
「あ!何してんの!」
同じタイミングで、隣のクラスから及川が出てきた。
「うるせーな及川!とっとと部活行くぞ!」
「わかってるって!もう岩ちゃんすぐイライラするんだから。カルシウム足りてる?」
「よっぽどボコられてえみたいだな」
「ウソウソ!ごめんって!」
岩泉、名前、及川の3人で歩いていると、前から花巻と松川がやって来た。
「騒がしトリオ」
「ほんと、どこにいても目立つな」
「私を入れないで」
「え!やっぱり?及川さんのオーラはどこにいても目立っちゃうよね!」
「うわー」
「なんでこいつこんなんでモテんの?意味わかんない」
「本当よね」
松川は名前を見ながら「名前もだけどね」と言った。
「は?」
「入学したての頃は、髪も短くて口も悪くて美少年みたいな見た目だったのに、この2年でよくぞここまで育ったよ」
「松川は私のお母さんかな?」
「せめてお父さんにして」
「お父さんは娘のことをそんな目で見ねえよ!」
岩泉は松川の頭を叩く。
「いった!俺は及川じゃないんだから暴力反対!」
「それって俺なら暴力オッケーってこと!?」
「今のはおまえが悪い」
花巻は「まあ、でもおまえの言いたいこともわかる。たしかに名前は育った。いい方向に」と、松川に同意した。
「ちょ!ちょっと!俺の名前のことそういう目で見るのやめてよ!」
「おまえのじゃねーよ。俺んだ」
「いや、岩泉のでもないから。私は私のものだから」
「なんでこれで付き合ってないの?」
「知らない」
「もういいから早く部活行こ。溝口くんに怒られるよ?」
「そうだった!おまえら急ぐよ!」
「遅刻の元凶!」
時間を確認した5人は、急いで体育館へ向かった。
「遅い!おまえら何してんだ!3年だろ!」
「す、すみません…」
案の定、少し遅刻した5人を、コーチの溝口は怒った。
「まず主将が遅れて来るな!岩泉、苗字!おまえもこいつの保護者ならちゃんと連れてこい!」
「すみません」
「及川のせいで怒られたじゃない」
「俺のせいじゃないでしょ!連帯責任だよ!」
そこに監督の入畑がやって来た。
「下に示しがつかなくなるからな。おまえたちは外周10周してから練習に参加だ」
「な!!」
「文句あるか?」
「ないでーす…」
「サボるなよ」
そう言うと、入畑は練習に戻って行った。
「苗字!マネージャー希望の生徒が何人か来てるから、対応頼んだ」
「わかりました」
名前はマネージャー希望で待っていた女子生徒の方に向かう。
「こんにちは。お待たせしてしまってすみません」
「あのー、及川さんは?」
「…はい?」
「及川さんはいないんですかー?」
「…及川は外周です」
「えー!私たち及川さんのサポートができると思ってマネやろうと思ったんです」
「…そうですか」
明らかに及川狙いの1年生を、どうしてやろうかと考えている名前。
そんな名前に気づいた2年のマネージャーは「名前先輩、抑えてください…!」と小声で言った。
「…真面目にマネージャーを希望する人以外受け付けないので帰ってください」
「えー!なんでですか!」
「それって横暴じゃないですか!」
「苗字先輩って、及川さんと仲が良いですけど、独り占めしたい感じですか?」
「苗字先輩だって、結局は及川さん狙いってことじゃないですか」
「ねー!それなのに自分だけは特別っておかしくないですか?」
そこまで言われて黙っている名前ではなかった。
「私は、たしかに及川と岩泉に誘われてバレー部のマネージャーになったけど、2人のバレーを、青城のバレーを一番近くで支えたいと思って真面目にやってるの。及川のサポートだけをしたいあなたたちにとやかく言われることじゃないわ」
「っ!」
「け、結局幼なじみって立場を利用していい思いしようとしてるだけじゃないですか!」
1年生たちも負けじと言い返す。
「マウントとって楽しいんですか?」
「及川さんだって、本当は迷惑してるんじゃないんですか?」
「あのねえ…」
名前の顔に怒りマークが見えた2年のマネージャーは、「こ、これはまずい!」と思い、その場を離れた。
「なあ、なんかあっちもめてね?」
「え?」
コートの中でパス練習をしていた1年の金田一は、名前たちがもめていることに気づいた。
「あれって、苗字さんだよね。及川さんと岩泉さんの幼なじみ」
「ああ。北一の女バレの主将だったよな」
「今はマネージャーやってんだね」
「中学ん時はあんま話したことなかったよな。ってそうじゃなくて!なんか言い争ってないか?」
「えー…まあ大丈夫でしょ」
「もう少し興味持てよ!」
「俺たちが入ったら余計ややこしくなるでしょ」
「ま、まあそうか…」
コートの中で金田一と国見がそんな話をしていると、その横を2年生マネージャーに呼ばれた及川と岩泉が通り抜けて行った。
「私たちがマネージャーになれるかどうかを決めるのは苗字先輩じゃないと思いますけど!」
「マネージャーをまとめてるのは私なので、私に権利があります」
「そんなのひどくないですか!私たちは及川さんに聞きたいです!」
「いい加減に…!」
名前は我慢の限界を迎えそうになったので、ハッキリ言おうと一歩前に出る。
「はーい、そこまで」
その前に、名前と1年生の女の子たちの間に及川が入って来た。
「及川さん!」
「及川さんだー!」
「…及川」
及川の登場に、1年生の女の子はテンションが上がった。
「及川さーん!苗字先輩ひどいんですよ!私たちに意地悪するんです!」
「どんな?」
「マネージャー希望なのに、マネやめろって言うんです。帰れって!」
「そっかー」
「ちょっと及川!」
名前が及川の名前を呼ぶと、及川は名前を見て安心させるようにニコッと笑う。
「名前がなんでそう言ったんだと思う?」
「え…えっと、それは…」
「多分君たちが本気でマネージャーを希望してるわけじゃないって気づいたからだと思うんだよね」
「そ、そんなこと!私は及川さんのこと支えたいって思ってるんです!」
「そうですよ!私たちの動機と苗字先輩の動機って、何が違うんですか!?」
及川は、女の子たちが話し終わると「言いたいことはそれだけ?」と、静かに言った。
及川の雰囲気がいつもと違うことに気づいた女の子たちは、驚いた顔をした。
「名前がバレー部のマネをしてるのは、俺たちが頼んだからだよ。元々マネはいなかったけど、名前が監督と溝口くんに直談判してくれたんだ」
及川の後ろに立っていた岩泉も、及川の言葉にうなずく。
「プレイヤーから、俺たちのためにマネージャーになってくれたの。だから、何も知らないのに君たちと同じって、そんな勝手なこと言わないでくれるかな」
笑っているが、目が笑っていない及川に恐怖心を抱いた女の子たちは「ご、ごめんなさい…」と言って、体育館から出て行った。
「…あーあ、行っちゃった」
「言い過ぎたかな?」
「いや、あそこまで言わねえとああいうやつはわかんないだろ」
「ファン減ったけどいいの?」
「俺の大事な名前を傷つけるようなファンならいらないからね!」
そう言って名前を抱きしめる及川に、名前は「助かったよ、ありがとう徹」とお礼を言った。