そう思いながら、制服のスカートの裾をぎゅっと握った。
私がいるのは体育館で、目の前にはバレー部の人たち。
隣には、マネージャーの先輩や、マネージャー希望の女の子たちがいる。
後ろの方にいる宮くんと目が合うと、少し笑って親指を立てられた。
そして、宮くんの隣にいる宮侑くんが、怖い顔をしてこっちを見ていることに気づく。
「(ひ〜っ!!やっぱり怒ってる…)」
私は、宮侑くんからの視線から逃れるために顔を伏せる。
「今日から入部の新1年は、先輩の言うことよお聞いてはよ慣れろ。今年も全国行くからには、ぐずぐずしてる暇はないで」
監督のあいさつが終わった後、次はコーチ、そして部長の3年生がそれぞれあいさつをした。
それが終わるとそれぞれ分かれて練習が始まるみたい。
私たちマネージャー希望の子たちは、マネージャーの先輩に呼ばれた。
「みなさん、こんにちは。マネージャー希望で来てくれてありがとう。うちは強豪校やから部員も多いし、忙しいけどその分やりがいもあるから楽しいと思うで」
たしかに、部員がすごく多くて驚いた。
「せやから、本気のやつしかいらん。本気で、みんなと全国行きたいって思っとる人間しかいらんから、もしそれ以外の理由でマネ希望なんやったら、この仮入部期間のうちにやめてや」
先輩が少し怖い声で言うので、私はドキッとしてしまった。
「よし!ほんなら今日は残れる子はこのまま残って仕事して、初日やから無理せんでもええで。明日からはジャージに着替えて来てや」
先輩がそう言うと、私ともう一人の女の子以外は体育館から出て行ってしまった。
「2人は今日から参加でええ?」
「はい」
「あ、はい!」
「ありがとう。そしたら一通りの仕事を教えるから、こっち来てや」
「はい!」
私ともう一人の女の子は先輩の後を追う。
コートの端に移動すると、先輩は簡単に仕事の流れを教えてくれた。
「まずは簡単な仕事からやな。ドリンク作ったりタオル準備したり。これは練習中にしておくことやな。休憩時間に入ったらすぐ必要になるから、これが最優先や」
「はい」
「わかりました!」
「後は、ボールの空気圧の調整やったり、洗濯したり、備品の補充やな。球出し球拾いもやることあるけど、これは1年生部員がやることが多いからあんま気にせんでええよ」
「はい!」
「2人はバレー経験者なん?」
先輩にそう聞かれて、もう一人の女の子は「中学までバレーをやってました。けど、ケガしたんで辞めました」と答えた。
「そうやったんや。それならルールはバッチリやな。スコア付けるのも問題なさそうやな」
「はい。テーピングとか手当とか、そのあたりも問題ないです」
「即戦力助かるわー!あなたは?」
先輩がこちらを見て私に聞く。
「あ、あの…わ、私は全く…です。すみません…」
「ええよ。初心者でもやる気さえあればまったく問題ないで!自分東京から来たん?」
「はい!」
「イントネーションですぐわかるわ。知り合いもあんまおらんとちゃう?」
「い、いないです…」
「ゆっくり慣れていけばええよ。マネージャー業も、こっちにも」
「あ、ありがとうございます!」
初日からこんな素敵な人たちと出会えるなんて、私は人に恵まれてるな、とつくづく思った。
「…なあ、なんでバレー経験者でもないのにマネやろうと思ったん?」
「え?」
今日は2人とも制服ということで、床に座ってできる洗濯物たたみ、ボール磨き、空気圧の調整をしていると、そう聞かれた。
「えっと…」
ここで素直に宮くんに無理やり連れてこられたって言ったら、多分ダメな気がする。
女の子の目を見て、私はそう確信した。
「宮兄弟目当てで入ったん?」
「え!?ち、ちがうよ!」
「…ふーん」
やっぱり言わなくて正解だった。
私はボールをゴシゴシ磨きながら「そ、その…人から誘ってもらったのがきっかけではあるんだけど…わ、私…でもできる仕事があるならって…」と言った。
「す、少しでも誰かの役に立てる…仕事ができたら、少しは自分の自信になるかな…って」
これは嘘じゃない。
人見知りで、人との関りを極力避けてきた。
狭く深い人付き合いを続けてきたけど、本当にそれでいいのかなと思っていた。
できることなら、変わりたいと思っている。
だから、宮くんに誘われたのがきっかけではあるけど、誰かのために何かをできる自分になれたら、自信が持てて変われるかなと思った。
「…不純な動機やな」
「…え?」
「マネージャーは自分のためやなくて、みんなのためのマネージャーやで?みんなが全国行くためのサポート、フォローをすんのがうちらの仕事やねん。自分に自信をつけるための道具にせんといてや」
「あ…あの…、ご、ごめんなさい…」
それっきり、話をしてくれなくなってしまった。
「(恥ずかしい…)」
そうだった。
稲荷崎高校男子バレー部は、強豪校で全国大会の常連校で、インターハイでも勝っている、らしい。
そんな稲荷崎高校のバレー部に、こんな気持ちで入ったら迷惑をかけてしまう。
「(やっぱり…向いてない気がする…)」
仮入部期間の1週間は頑張って、やっぱり無理だったって言って入部するのはやめようかな。
そう思っていると、あっという間に部活の終わる時間になっていた。
「お疲れ様ー。今日は初日やからもう終わりやで。まだ早い時間やけど、1年が送ってくれるって」
先輩が呼びに来てくれたので、私たちは体育館の倉庫から出る。
「お疲れさん」
「お疲れ様」
「治と角名くんやん」
「おー中山」
「お、お疲れ様!」
私たちを待っててくれた1年って、宮くんと角名?くんだったんだ。
「どうやったん初日は?」
「まあまあやな。腹減ったわ」
「あんたはそればっかりやな」
「角名やって腹減ったやろ?」
「まあ、そりゃあね」
「別に送らんでも、はよ寮帰ってご飯食べてきいや」
「心配してんねん、一応女の子やろ」
「一応ってなんやねん。立派な女の子や」
テンポのいい会話に私は圧倒されてしまった。
「ねえ、2人で盛り上がってるのはいいけど俺たちのこと忘れてない?」
角名くんはそう言うと、私の横に立って「ね?」と言いながらこっちを見た。
「あ、う、ううん…そんなこと…」
「これだから関西のノリにはついていけないよ」
「なんやて」
「そ、そんなこと…ん?あれ、角名くんって」
「俺は出身愛知だから関西弁じゃないよ」
「そ、そうだったんだ」
なんだかなじみのあるイントネーションだなと思ったけど、角名くんは愛知出身だったんだ。
「きみもでしょ?」
「あ、うん。私は東京から来て…」
「東京か。俺より遠いね」
「うん」
「関西出身じゃない組同士で仲良くしようね」
「う、うん」
そんな話をしていると、中山さんがこちらを見ていることに気づく。
「(ひ…ひ〜っ!)」
「苗字さん家どの辺なん?」
「苗字さんって言うんだね。俺は角名倫太郎だよ」
「急に自己紹介すんなや」
「治、さっきからうるさい」
「早く帰ろうや」
中山さんはそう言うと、そのまま歩き出してしまった。
「ちょ、勝手に行くなって」
「治が中山さん送ればいいじゃん。俺が苗字さん送るから」
「え?」
「中学の時から知ってるんでしょ。気楽じゃん」
「…ほんなら今日は俺が中山送るから、明日は交代やで!」
「明日も!?」
「また明日ー」
「寮で会うやろ!苗字さん、また明日!」
「う、うん!」
そう言うと、宮くんは中山さんの後を追って走り出した。
「じゃあ行こうか。こっちであってる?」
「う、うん…でも、送ってもらうの申し訳ないね…」
「気にしなくていいよ。どうせ戻ってくる時はランニングがてらになるし」
「そ、そっか」
「苗字さん、マネージャーやってくれるんだよね?」
「…うーん、正直言うと、迷ってるんだよね…」
「なんで?」
「私…ルールも知らないバレー初心者だから…そんな私が全国優勝を目指してるような高校のバレー部に入ってもいいのかなって…」
私がそう言うと、角名くんは心底意味がわからない、というような顔をした。
「別によくない?誰だって最初は初心者じゃん」
「…そ、そうだね」
「俺は、バレーには興味ないのに双子の顔につられて入ってくる女子のがめんどくさいって思ってるから、苗字さんみたいに真剣に考えてくれる人なら大歓迎だけどな」
「…ありがとう」
私が答えると、角名くんは少しだけ笑って「バレー部が生理的に無理ってわけじゃないならさ、やってみてよ」と言った。