「名前先輩!ドリンク足りなくなりそうです!」
「了解!追加で作るから、洗っておいて!」
「わかりました!」
体育館で練習している部員たちはもちろん、走り回っているマネージャーたちも汗が止まらない。
「ふう…」
「名前ちゃん、大丈夫?」
「及川…」
休憩をしている及川が、名前に声をかけにきた。
「大丈夫だよ」
「汗すごいよ」
「今日も暑いからねー。なんか、選手の時よりも汗かいてる気がする」
「それはないでしょ!」
及川は「予備のタオルあるけどいる?」と名前に聞く。
「大丈夫、持ってる」
そう言うと、名前は首にかけていたタオルで汗を拭く。
「適度に休憩してね」
「ありがとう。及川も無理しないでね」
「うん」
夏休みが終わると、あっという間に春高予選が始まる。
春高予選は2回に分かれていて、8月から一次予選が始まり、8校に絞られる。
その後、8校のシード校を加えた16校で春高出場をかけた代表決定戦が行われ、全国に行けるのは優勝した1校。
及川たちの最後の全国への挑戦だ。
「俺たちはシードだけど、このままのんびりしてられないよね」
練習中に及川がそう言った。
「あ?まあ、そうだな」
「結局、インハイ予選では白鳥沢の力に負けちゃったし…」
「…そうだな」
「多分、今の俺たちじゃダメなんだ。変化を恐れちゃいけない…」
「…?おい、おまえ何考えてんだ?」
及川は練習が終わると、岩泉、松川、花巻、そして名前を呼んだ。
「どうしたの?」
「なんかあったか?」
「ちょっと相談なんだけど」
「なんだ?」
及川はふぅっと息を吐くと「俺たちに足りないものは、攻撃力だと思うんだよね」と言った。
「あ?」
「あ!違うよ!岩ちゃんのパワーも、まっつんやマッキ―のスパイクも強力だよ!それはそうなんだけど」
「じゃあなんだよ?」
「相手を驚かせる一発。俺たちの攻撃は完成されすぎてる感じがするんだ」
「…なるほどね」
「ここぞって時の一発が足りない。だから、結局白鳥沢にも押し負けちゃうんだと思う」
及川の言葉に岩泉たちも、及川が何を言いたいのかを理解した。
「あいつ、戻ってくるか?」
「大丈夫!俺がしっかり説得するから!」
「岩泉が力でねじ伏せて連れてきた方が早いんじゃない?」
「そ、それはそうかもしれないけど、俺の立場がないじゃん!」
名前は及川を見ると「いいんじゃない。京谷が戻ってくれば何かしてくれそうな感じはするし」と賛成した。
「けど、あの京谷がちゃんと言うこと聞くかなー?」
「俺もそう思う」
「そこはなんとかするよ!さすがに試合で使い物にならないなって思ったら入れないし!」
「おまえがそう決めたんなら文句は言わねえよ」
「岩ちゃん!」
「俺も。あと一発が足りないのは事実だしな」
「マッキ―!」
「まあ、なんとかなるでしょ。及川が止められなくても岩泉がいるしね」
「まっつん!!」
及川は立ち上がると「それじゃあ、俺から監督に話しておくから」と言って職員室に向かった。
「本気だな、及川」
「まさか京谷の名前が出てくるとは思わなかったね」
「…最後の全国に行くためのチャンスだ。絶対掴むぞ」
「おお!」
その日の帰り道、いつもと違い静かな及川に岩泉と名前は違和感を感じていた。
「…おい、クソ及川」
「突然の暴言!?」
「あ、いつもの徹だ」
「え?」
及川は、自分のことを心配そうな目で見る2人に気付くと「名前はともかく、岩ちゃんがそんな優しいのって珍しいね」と言った。
「あ!?別に優しくなんかねえよ!おまえがいつもみたいにうるさくねえと調子狂うんだよ!」
「あはは!岩ちゃん素直じゃないなー」
「その顔ムカつくからヤメロ!」
岩泉は及川の胸倉をつかむ。
「暴力反対!」
「一、さすがにそれ以上は怒るよ」
「わかってるよ!」
名前にそう言われた岩泉は、及川から手を離す。
「徹…」
「ん?」
「…何考えてる?」
名前の問いかけに、及川は一瞬考える素振りを見せる。
「俺が考えてることは、バレーのことだけだよ」
「…そっか」
「このままバレーを続けるか、続けないか、続けるならどこでやるか、誰の元で学ぶか、色々考えることはあるけど、結局俺はバレーが好きなんだなって思ったよ」
そう言い切る及川の姿を見て、岩泉は「…前だけ見てろ。俺たちは、絶対勝つ」と言って、及川の背中を叩いた。
「アダッ!名前じゃないんだから背中叩かないでよ!」
「あ!?鍛え方が足んねえんだよ!」
「バカ力!」
「うるせえ!!」
及川が嬉しそうな顔で笑うと、岩泉が眉間にしわを寄せる。
「なんだ?トチ狂ったか?」
「もうひどいな!俺は幸せ者だなーって思っただけ!」
及川はそう言うと、名前の手を握った。
「こんな風に悩んだり、迷ってたり、落ち込んでたりしたら、心の底から心配してくれる幼なじみがいるんだもん!世界一幸せ者でしょー!」
繋いだ手をブンブンと振りながら、嬉しそうに笑う及川を見て、名前は繋がれた手に力を入れる。
「当たり前でしょ!」
名前はそう返事をすると、空いている手を岩泉に差し出した。
「はい!一はこっち!」
「…へいへい」
岩泉は差し出された手を握る。
「なんか、こうやって3人で手を繋いで帰るのって久しぶりじゃない?」
「そうかも!俺たちが中2の時に、白鳥沢に負けたとき以来かな?」
「懐かしいな」
「あの時は、泣いてる2人を私が引っ張って家に帰ったんだよね」
「あの時の及川の顔はヤバかったな。こいつにキャーキャー言ってる女子に見せてやりたかった」
「い、岩ちゃんだって変わんなかったでしょ!」
「2人とも酷かったよ」
名前がそう言うと、3人は吹き出した。
「ぷっ、あはは!たしかに!間違いない」
「そういう名前だって、最後の引退試合でボロ泣きしてたろ!」
「そ、それは泣くでしょ!」
「岩ちゃん、俺たちも最後の大会で泣いてたから人のこと言えないよー」
「鼻水垂らすまで泣いてたのはおまえだけだよ!」
こんな風に、3人で手を繋いで帰る日は、あと何回やってくるのだろうか。
名前は笑いながらも、心の中ではそう思っていた。
10月から春高の代表決定戦が始まる。
優勝すれば全国、負ければそこで及川と岩泉、そして青葉城西のメンバーとのバレーが終わる。
そして、卒業すれば進路はバラバラになるだろうと、名前は確信していた。
及川徹は、きっとバレーを続ける。
だけど、それは日本とは限らない。
小学生の時に3人で観に行った日本対アルゼンチンの試合。
そこで見たアルゼンチンのセッター、ホセ・ブランコ選手に憧れている及川徹は、きっといつか海外に行く。
岩泉一は、バレーを続けないかもしれない。
けど、何かしらバレーボールに関わる仕事をしそうだなと思っている名前。
3人の進路はバラバラ。
今までみたいに、3人で一緒に仲良く手を繋いで歩き続けるのは難しい。
だけど、その日がくるまでの後数か月は、3人で仲良く手を繋いで歩いていきたいなと名前は思っていた。
「そうだ!夏休みが終わってすぐくらいに、青城OBのいる大学生チームと練習試合組んだから!」
「なんで今言うんだよ!」
「監督からさっき言われたの!」
名前はニヤッと笑うと「いいじゃない!相手にとって不足なし!徹!一!絶対勝ちなさいよ!」と言った。
「もっちろーん!どんな相手にも俺たちは負けないよ」
「当たり前だろ!」
「おー!」
名前は及川と岩泉と手を繋いだまま、思いっきり両手を上に上げた。
「ッ!急に腕上げないでよ!」
「地味にいてえ!」
「ごめんごめん、気合入れてた」
「なんで名前が気合入れるのさ」
「練習試合、頑張ろうね!」