『いやー、今年の稲荷崎高校は強かったですが、井闥山学院の前に敗れる、という形で終わりました。ただ、あの井闥山から1セットを獲りました!』
『すごいですね。稲荷崎の強みであるレフト、尾白選手を中心に組み立てた試合展開はなかなかでした。双子の宮侑くんと治くんの攻撃もなかなか』
『セッターに返球しても、宮治くんが待っているというのは、相手からしたら嫌ですよね』
『そうですね。それでも今回は井闥山学院が勝ったという感じでした。素晴らしい試合を見せてくれました』
『井闥山学院のエースの佐久早くんも、リベロの古森くんもまだ2年生。そして宮侑くんと治くんも2年生ですからね。まだまだ楽しみです』
侑はテレビの電源を切ると「うおぉおおおお!ホンマ悔しい!!!」と叫んだ。
「ツム、うっさいわ」
「サム!おまえは悔しくないんか!?」
「悔しいに決まっとるやん」
「ならなんでそんな冷静やねん!」
「叫んでもしゃあないやろ」
「そうかもしれんけど!」
治はおにぎりを食べながら侑からリモコンを奪うと、もう一度テレビをつける。
「もう見とうないねん!」
「他の見るんや」
適当にチャンネルを変えて、子ども向けのヒーロー番組を流す。
「…春高…。北さんたちとバレーできんのも最後か…」
「北さん、バレーは高校までって言うてたもんな」
「このチームで優勝したいな…」
「せやな…」
「結局名前にも優勝見せてやれんかったしな」
「うっ!!」
「試合前、あんなかっこつけとったのに。ダサいな」
「うっさいわ!俺だけのせいやないやろ!」
「おまえのトスのせいで何本か決まらんかったのあんで」
「それはおまえがヘボいからや!」
「はあ?おまえ今何言うた?」
「なんべんでも言うたるわ!おれのトスで打てへんのは、おまえがヘボいからや!」
侑がもう一度そう言うと、治は食べていたおにぎりをすべて口の中に入れて飲み込み、ゆっくりと立ち上がる。
「おれは、おまえみたいにいつでも絶好調やないねん!」
治は侑の胸倉をつかむと、侑に殴りかかる。
「クソツム!」
「っ!なんやねんクソサム!」
そんな治に、侑も対抗する。
リビングでケンカをしていると、キッチンにいた母親から「あんたたち!埃立つからやめえ!!」と怒られるが、2人のケンカはその後もしばらく続いた。
インターハイ後の最初の練習は、夏休みということもありいつもより集合時間がゆっくりだった。
「(いつものクセで早く来ちゃった)」
名前は、いつもと同じ時間に学校に着くと、更衣室でジャージに着替えてから体育館に向かう。
体育館の前に着くと、中からボールの弾む音が聞こえる。
「(誰かいる…?)」
名前は、少し開いている扉の間からゆっくり中を覗くと治が1人でサーブ練習をしているのを見つける。
「…」
「(治くん1人なの珍しいな)」
そう思いながら名前は扉を開けると、その音で気づいた治が扉の方を見る。
「名前、おはよう。早ない?」
「治くんおはよう。いつも通りの時間に目が覚めちゃって」
治はボールをカゴに戻すと、汗を拭き、散らばったボールを拾う。
「手伝うよ」
「すまんな」
ボールを拾いながら、名前は治に聞く。
「1人なの珍しいね」
「…まあな」
「侑くんとケンカした?」
「…バレた?」
「傷があるから」
名前はそう言うと自分の頬を指さして「痛そう…」と言った。
「ツムのが痛いと思うで。おもっきし殴った」
「あらら。あんまり痛いケンカはしないでね、心配になっちゃうから」
「…おん…」
名前がそう言うと、治は「名前は、ケンカすんなとは言わへんよな」と聞いた。
「まあ、誰だってケンカしたい時はあると思うんだ。特に、血のつながりのある相手ならなおさらじゃない?」
「そうやな…」
「私は一人っ子だから兄弟のあれこれってわからないけど、兄弟だからこそ言いたいことはちゃんと言い合って分かり合えるのが一番なんじゃないかな?」
「せやなー」
「私は、治くんと侑くんが切磋琢磨しながら頑張ってる姿を見てるのが好きだから、そのために必要なケンカはたくさんすべきだと思ってるよ!」
そう言って名前はフフッと笑う。
「あ、でも、さっき言ったみたいにあんまり痛いケンカはしてほしくないかなー」
「…俺らはケンカになるとすぐ手が出んねん」
「男の子って感じだね。ケンカするなら拳じゃなくて、言葉でしよ!」
「…まあ、考えとくわ」
「本当?」
「…名前」
「ん?」
「ありがとう」
「え、私何もしてないよ?」
「それでええねん」
「え?」
治は、何もわかっていない様子の名前を見て笑うと「(ツムは、名前のこういうとこに惚れたんやろなー)」と心の中で思った。
午前中の練習が始まり、侑と治はほとんど喋らないまま昼休憩になった。
「何?双子、ケンカでもしとるん?」
「そうみたいだね」
「あの2人が静かやと違和感しかないわ」
「早く仲直りして、いつもの仲良しな2人に戻ってほしいね」
「仲良し…かはわからんけど、騒がしい方がええわな」
名前と中山がそんな話をしていると、休憩に向かおうとしている侑に治が声をかける。
「ツム」
「…なんやねん」
声をかけられた侑は、不機嫌そうな顔をして振り返る。
「昼飯食ったら練習」
「…ちゃんと休まな北さんに怒られんで」
「…それもそうやな。せやったら午後練終わったら自主練やんで」
「へいへい」
そう言いながら昼ご飯を食べるためにロッカーに戻る2人を見て「あっという間に仲直りしたね、双子」と角名が言う。
「やりにくかったから助かるわ」
「2人ともお疲れ様」
「いつもの騒がしいのもあれだけど、2人が静かだと調子狂うからやめてほしいよ」
「やっぱり仲良しがいいもんね」
そう言って笑う名前に「名前ちゃん何か言った?」と聞く。
「ん?何も言ってないよ。治くんが、自分から歩み寄ったんだよ」
「そう?」
「うん!」
午後の練習の後、2時間ほど自主練をした部員たちは、北の「そろそろ帰んで」の一言で各自帰り支度を始めた。
「名前、こっちは終わったで」
「ゆっこちゃんありがとう!私も終わったよ」
「ほんなら着替えに行こか」
「うん」
名前と中山は一緒に女子の更衣室に向かうと、着替えをする。
「…なあ、名前」
「ん?どうしたの?」
「名前って、侑のことどう思っとるん?」
「え!?」
中山の言葉に驚いた名前は、ロッカーから取り出したカバンを足の上に落とす。
「いっ!」
「あー、もう何やっとるん…」
中山はあきれながらも名前の足下に落ちたカバンを拾う。
「あ、ありがとうゆっこちゃん…」
「めっちゃ動揺しとる。もしかして、好きなん?」
「ええ!?」
もう一度カバンを落としそうになるが、慌ててカバンを掴む。
「せ、セーフ」
「ホンマ動揺しとるな」
「だ、だってゆっこちゃんが変なこと聞くから…」
「変なことやないやろ。バレーが上手くて、顔もイケメンで、仲良くなったらヤな奴ではないやろ?」
「う…うん…」
「それとも名前は治のがタイプなん?」
「な、なんだかゆっこちゃん、今日は積極的だね」
「そう?」
中山は着替えを終えるとロッカーを閉める。
「女子高校生やもん、友達と恋バナくらいしたいわ」
「ゆっこちゃん…」
「で?どうなん?」
「ゆっこちゃんは…侑くんのこと好きなんだよね?」
「…はあ!?」
名前の言葉に中山は大きな声を出した。
「前にも言うたけど、うちは侑のことなんか一切好きやないで!!友達として、なら、まあ多少昔からの腐れ縁もあるからいい奴やと思っとるけど、恋愛感情は一切ない!」
「ほ、本当…?」
「ホンマや!もうほんっまにやめてや!やっぱそういう勘違いしとったんか!」
「ご、ごめん〜!」
「球技大会の時とか、なんかおかしいな思ってたんや!もうホンマにないからな!絶対!」
「うんうんうん」
中山の必死の形相に、名前は首を何度も縦に振る。
「…ほんで?名前はどうなん?」
「…しょ、正直…これが好きなのか、よくわからないの」
「そうなん?」
「うん…私、誰かを好きになったことがまだないから、恋とかよくわからなくて」
うつむきながらそう言う名前に、中山は質問をする。
「でも、侑のバレーは好きなんやろ?」
「侑くんのバレーは、綺麗だなって」
「綺麗?」
「初めて侑くんのバレーをしてる姿を見たとき、すっごく綺麗だなって思ったの」
「綺麗って感想が出るのがおもろいな」
「私も、自分でも変かな?って思ったんだけど、綺麗って言葉がしっくりきたんだ」
そう言って名前は微笑む。
「そーんな顔しとるのに、恋がわからんってどういうことやねん」
「え!どんな顔!?」
名前は自分の顔を両手で押さえる。
「侑のバレーに恋してますっちゅー顔」