「…おまえに関係ないやろ」
夏休みが終わり、通常の学校生活が戻ってきた。
昼休み、いつものように治のクラスに行こうとした侑を呼び止めた中山は、侑を自分の席に座らせるとそう言った。
「え、おまえあの時のこと謝っとらんのか?最低やな」
「うっ!」
「銀島の言う通りや。名前、あの時のことまだ覚えてんで?そのせいで、あんたに好かれてるとは1ミリも思っとらんわ」
「はあ!?ウソやろ!」
「残念ながらウソやない」
「ホンマか…」
自分にしてはわかりやすく好意を示しているつもりだった侑は、中山の言葉に衝撃を受けた。
「あいつには何一つ伝わっとらんっちゅうことか…」
「1年の時と比べたら喋ってくれるようにはなったなあ、程度やったわ」
「こいつ、ホンマアホやな」
「自業自得やろ」
「サム!」
いつの間にか2組に来ていた治が話に入ってきた。
「見た目だけで判断しとった自分を恨むんやな」
「ど、どうすればええ!?」
「そんなん一つしかないやろ。ちゃんと説明して、誤解、解いてから告白するだけやん」
「こ、告白なんかできるか!!」
「ヘタレ」
「うっさいわ!つーか、なんでこいつらもあの時のこと知っとんねん!」
「俺が教えたからに決まっとるやろ」
治はそう言うと「今日はこっち来ないんやな?」と3人に聞く。
「行く!」
「今日は行かせん」
「なんでやねん!」
「告白せんでもええけど、まずは名前にちゃんと説明して謝りい!」
「…そ、それもそうやな…」
「意地張らんとはよ謝りや?名前ってモテんねんで?今も呼び出されとるわ」
治の言葉を聞いて、侑はガタンッ!と大きな音を立てて椅子から立ち上がる。
「はあ!?どういうことや!」
「多分3年の先輩やな。裏庭行ったで」
侑はその言葉と同時に教室を出て行った。
「足はや!」
「治、あんた余計な事教えんといてよ」
「あいつも素直やないからな。こういう時しか素直に動けんやろ」
「なんだかんだ侑んこと心配しとるんやな」
銀島の言葉に、治は笑いながら「あいつが一歩踏み出せたんが嬉しいんや」と言った。
「兄弟愛やなー」
「きも…」
「それ聞いたら侑泣くで?」
裏庭では、名前が3年生の先輩に告白をされていた。
「急にごめんな」
「いえ。あの、そ、それで…お、お話とは、なんでしょうか?」
初めて話をする先輩に、名前は人見知りを発動させていた。
「やっぱええなあ。苗字さん。好きやねん、俺と付き合うてや」
「…え?」
「買い物ですかーとか、そんなボケいらんで?」
「あ、はい…えっと、は、初めまして、ですよね?」
「一目惚れってあるやん。それに近い感じやな。苗字さんの、その奥ゆかしい感じがええなって思ってん」
「お、奥ゆかしい…?」
名前は、先輩の言葉にはてなマークを浮かべる。
「大和なでしこみたいな雰囲気やん。一歩下がって、男を立てる。こっちにはなかなかおらんタイプやからええねん」
「そ、それは…私じゃなくてもいいのでは?」
「まあまあ、細かいことは気にせんでええって!で、付き合うてる奴おらんのやろ?」
「それは、はい…」
「ならいっぺん付き合うてや!」
「す、すみません…」
「なんでなん!?」
名前がそう言うと、先輩は名前に近づいた。
「ひっ…」
「ええやん!それともバレー部ん中に好きな奴でもおるん?」
「そうじゃないですけど…」
「ならええやん。お試しでもええから一回だけ!」
「あの…」
先輩は名前を校舎の壁に追い込むと、壁に手をついた。
「あ、あの…」
「ん?」
「ちょ、ちょっと近いです…」
「苗字さんがうんって言うまで離れられへんなあ」
「なんで…」
「俺、恋愛経験も豊富やし楽しいことできると思うで?」
「ほんなら俺と楽しいことしましょ」
知った声が聞こえてきて、名前は下を向いていた顔を上げる。
そこには、先輩の肩に手を置いて笑顔だけれど目が笑っていない侑の姿があった。
「は?てか痛いねん、離せや」
「すんません。まったく力入れてへんのに痛いって、先輩貧弱ですねえ」
「はあ?」
侑がそう言うと、先輩は眉間にしわを寄せた。
「なんやねん。いきなり話に入ってきて、邪魔やねん」
「そらすんません、ただ、どう見ても嫌がっとるんでそれ以上はやめてもらえます?」
「おまえに関係ないやろ」
「ウチの大事な大事なマネージャーなんですよ。名前のこと好きなのにそんなことも知らんのです?」
侑の言葉にさらに苛立った先輩は、侑の胸倉をつかんで殴ろうとする。
が、それに気づいた名前が先輩の右腕を両手でつかむ。
「や、やめて、ください!」
「名前!」
「離してくれへん?」
「先輩が、殴らないって約束してくれるなら!」
「…殴らへんよ」
先輩の言葉を聞いて、名前は安心して腕を離すが、先輩はそのまま侑のことを殴った。
「ッ!」
「な!なんてことするんですか!」
名前は尻もちをついた侑の傍にしゃがむ。
「関係ない奴が邪魔しよってムカついてん」
「だからって殴る必要ないじゃないですか!」
「うっさ。めんど。もうええわ」
そう言うと、先輩はその場から立ち去った。
「侑くん、大丈夫?」
「サムの拳の方が痛いからこんなん平気やで」
「ハンカチ濡らしてくる!」
名前が立ち上がろうとすると、侑は名前の腕をつかんだ。
バランスを崩した名前は、そのまま侑の腕の中に閉じ込められる。
「あ、侑くん!?」
「ハンカチは後でええから」
侑はそう言うと、名前の身体を強く抱きしめた。
「…助けてくれてありがとう」
「邪魔したん?」
「全然。断ってもしつこかったから助かっちゃった」
「そら良かった」
「侑くんは、どうしたの?」
「…謝りたいことがあんねん」
「謝りたいこと?」
侑はそのままの体勢で「…初対面の時、あんなこと言って悪かった…ほんで、ずっと謝れんですまん」と言った。
「気にしてないよ」
「ウソやろ!?」
「何か、理由があったんでしょ?侑くんは、理由もなしにあんなこと言う人じゃないってわかってるよ」
「名前…」
侑は抱きしめる力をさらに強める。
「ホンマすまん!今はあんなこと思っとらん!名前が真面目に俺らんこと支えてくれとることに感謝しとる!」
「あ、ありがとう」
「俺のバレーが好きや言うてくれたことも、ホンマに嬉しいねん!」
「う、うん」
「これからも変わらず俺の傍におってくれ!」
「あ、侑くん…く、苦しい…」
「名前?名前ーーー!?」
名前の様子がおかしいことに気付き、侑は腕の力を弱める。
「名前、すまん!大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫」
名前は何回か深呼吸をすると、侑を見上げ「謝ってくれてありがとう。もう怒ってないよ」と言いながら笑った。
「っ!!」
「というか、元々怒ってなかったけどね」
「あ、アカン…!」
「ん?」
「なんでそんなかわええねん!」
「ふふふ、変な侑くん」
そんな風に笑う名前を見て、侑は思わず「好きや…」とつぶやいた。
「…え?」
驚いた顔をした名前を見て、侑は自分が何を口走ったかに気づく。
「あ、いや、これはその…」
「あ、侑くんって…」
「な、なんや」
「わ、私のこと、好き…なの?」
名前にそう聞かれて、侑は顔を赤くしながら「そうやで!!思わず出てしまうくらいにはおまえのこと好きや!」と大きな声で言った。
「あ、侑くん声大きい…」
名前は少し恥ずかしそうに俯く。
「ほんで?」
「え?」
「だから!俺のことどう思ってんねん!」
「え、えっと、侑くんに好かれてるとは思ってなかったから…ビックリというか…」
「そんなこと聞いてへんわ!」
「ご、ごめん」
「ごめん!?」
「あ、このごめんは、そう言う意味じゃなくて、でも、あの…!」
あたふたする名前を見て、侑は思わず笑ってしまう。
「なんやねん、めっちゃ焦るやん!」
「だ、だって!侑くん、モテるし、かっこいいのに女の子と付き合ってる感じもなかったから恋愛に興味ないのかと思ってた」
「…まあ、中学ん頃のトラウマで恋愛には興味なかったな」
「そうなんだ」
「けど、名前のおかげでトラウマなくなったんや」
「そうなの?私、何かしたっけ?」
まったく心当たりがない、という顔で名前がそう聞くと、侑が逆に名前に質問する。
「なあ、俺ってどうゆう人間なん?」
「え?」
「名前の俺のイメージ」
「え、っと、バレーが大好きで、一生懸命で、現状に満足せず毎日努力しているすごい人、かな?」
名前の答えを聞いて、侑は「(やっぱ、外見やなくて俺の中身見てくれてるんやな)」と思った。
「それ」
「え?」
「俺は名前のそうゆうとこが好きやねん」
そう言って幸せそうに笑う侑の顔を見て、名前は心が揺さぶられた感じがした。