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体育祭が終わり、10月の春高代表決定戦までラストスパートに入った稲荷崎高校男子バレー部。

「…なんや、最近治の奴調子出んな」
「そうですね…」

黒須と大見は、練習を見ながらそう言った。

「体調でも悪いんか?」
「そんなことはないと思うんですけど…」
「…本調子に戻ってくれるとええねんけどな」
「そうですね」

治の調子の悪さを、侑も感じていたが特に何も言わず練習を続けていた。
そして、それは名前から見たら、少しだけ異様な光景だった。

「(治くん…大丈夫かな?)」







「名前」
「北さん!」

昼休み、自販機で飲み物を買おうとしていた名前に声をかけたのは北だった。

「お疲れ様です」
「おん。一人なん?」
「はい。治くんと倫太郎くんは教室にいますよ」
「さよか」
「北さんも飲み物ですか?」
「そや。何飲むん?」

北は自販機にお金を入れる。

「え!だ、大丈夫ですよ!北さん先どうぞ!」
「これくらええって。好きなの押しぃ」
「あ、ありがとうございます」

そう言って名前は紅茶のボタンを押した。

「ほら」
「ありがとうございます」

北から飲み物を受け取ると、名前はお礼を言う。

「少し時間あるか?」
「え、はい。大丈夫です」
「ほんなら少し歩こか」
「はい」

そう言って、北は中庭に向かって歩き出した。

「少しずつ寒なってきたな。大丈夫やった?」
「全然大丈夫です!」
「さよか」

北は空いているベンチを見つけるとそこに座る。
名前も北の隣に座ると「北さん、何かありました…?」と恐る恐る聞いた。

「あんな、治のことやねんけど…」
「治くんですか」
「…最近調子悪いやん?」
「そうですね…私もそう思います」
「教室ではどんな感じなん?」
「教室でですか?うーん…いつも通り、ちゃんと授業は聞いてますよ」
「…それならええ」
「お役に立てずすみません」
「名前が謝らんでええよ。急にすまんかったな」
「いえ…。北さん、治くん大丈夫でしょうか…」

名前がそう聞くと、北は少し上を見上げて考える素振りを見せる。

「そうやなー…正直、俺は治やないから確実なことはわからへんけど大丈夫やと思っとる」

北は名前のことを見ると「やって、侑と同じDNAやで?逆境に燃えるタイプやろ」と言って、少しだけ口角を上げた。

「確かに…そうですよね!」
「何に悩んどるんかわからんけど、治自身がどうにかせんとアカンことなんやろなァ」
「…そうですね。でも、治くんにはこんな風に心配してくれる先輩がいるんで大丈夫ですよ!」

そう言って笑う名前を見て、北は少しだけ驚いた表情をするが、フッっと笑う。

「せやな。名前も、治のこと気にかけったってな」
「はい!」



中庭から2年1組の教室に戻る名前。
人通りの少ない廊下を歩いていると、前から歩いてきた3人の女の先輩グループとすれ違うために、少し端に寄る。
すれ違った瞬間、その中の1人が「良いご身分やなぁ」と言った。

「…え」
「あんたや、あんた」

名前が足を止めると、3人も同じように止まって名前の方を見る。
この3人を見て、前に練習試合を見に来た3年生の先輩たちだ、と名前は思った。

「侑だけやなくて、北まで狙っとるん?」
「え?」
「ホンマ、顔に似合わずビッチなんやな」
「あ、あの…」
「なんやねん、得意のぶりっ子か?ええな、関東人ってだけで儚げなイメージ作れて」
「え…」

名前の反応が癪に障ったようで、3人は眉間にしわを寄せた。

「その反応、イチイチ腹立つわ」
「男目当てで男バレのマネやってんねんやろ?あざといわー」
「そ、そんなこと…ない、です…」
「せやったら真面目に仕事したらどうなん?侑にすこーし気に入られとるからって調子乗んなや」
「ご、ごめんなさい…」

1人の先輩が名前の手をつかんで力を入れる。

「っ…!」
「ホンマにええ加減にしぃや。あんたがこっち来る前からうちは侑のこと好きやってん。なんでぽっと出のあんたなんかに侑取られなアカンねん」

名前は握られた腕の痛みで思わず目をつぶるが、すぐに腕の痛みがなくなったので閉じた目を恐る恐る開く。

「…あ、侑くん…」

そこには怖い顔をした侑が、名前の腕をつかんでいた先輩の腕を逆につかんでいる姿があった。

「…何やっとんねん…」
「あ、侑…あんな、これは違くて」
「何やっとんのか聞いとんねん…」
「い、痛っ!」

侑はつかんでいる手に力を入れた。

「あ、侑くん!手、離して!」
「…俺は怒っとんねん」
「だけど痛いよ!」
「…」

名前にそう言われて、しぶしぶ腕を離す侑。

「…で、こいつに何か用なんか?」
「あ、侑は騙されとるんよ!さっきこの子、中庭で北と二人きりで楽しそうにしとったで!?」
「北さん?」
「せや!侑がおんのに他の男と一緒に仲良うしとるんは最低やろ!」
「…何勘違いしとるんかしらんけど、俺が一方的に名前のこと好きなだけや」

その言葉に、先輩は信じられないという顔をした。

「それに、もし俺らがホンマに付き合うとるとして、北さんはバレー部の主将やで?マネージャーと2人で話す機会はあるやろ」
「あ、侑…」
「俺んこと純粋に応援してくれとるだけならなんも言わんけど、俺の大事な子に手ぇ出す奴はいらん。さっさと失せろ」

侑がそう言って睨むと、先輩は泣きそうになりながら他の2人と走り去っていった。

「名前!?大丈夫か!?」
「う、うん…大丈夫」

侑は名前に向き合うと、眉毛を下げる。

「侑くんは、どうしてここに?」
「北さんから名前と中庭で話したって連絡あってん。せやから迎えに来たんや」
「そっか、タイミングが良すぎてビックリしたけど、そういうことだったんだね」
「名前!ホンマすまん!」
「侑くんのせいじゃないよ?」
「…俺のせいみたいなもんやろ…」

そう言って落ち込んだ様子を見せる侑を、名前はかわいいと思ってしまう。

「何笑ろてんねん」
「ん、侑くんがかわいいなって思って」
「…はあ!?何言うてんねん!」

先ほどの態度から一転して、今度は顔を赤くする侑。

「侑くんのおかげで嫌な気持ちがすぐに消えたよ」
「…こういうの初めてやった?」
「うん。だから安心してね」
「…さよか…」
「教室戻ろう」

名前が歩き出そうとするが、侑は後ろから名前の手を掴んだ。

「え?」
「…名前のことは、俺が守る」
「侑くん…」
「俺はどうしたってバレーをやり続けるつもりや。プロに行きたいと思っとる。せやから、その…」
「ん?」
「…う…生まれて初めて自分のこの顔が嫌いになりそうや…」
「なんで!?」

侑の言葉に、名前は思わずツッコんでしまった。

「人より容姿が優れとるせいで今後も嫌な思いさせてまう…」
「まあ、それをひっくるめて侑くんだから仕方ないよね」
「…付き合い始めたら色々言われるようになって、それが嫌で俺んことも嫌いになるんや…」
「す、すごい想像力だね」
「せっかく付き合えても俺のせいで別れることになるんわ嫌やー!」
「ま、まだ付き合ってもいないのに何の心配?」

名前は侑が本気で落ち込んでいる姿を見て苦笑する。

「侑くん」
「…なんや?」
「…もし、この先、私が侑くんと一緒にいる選択をした時は、周りの声に私がくじけないように守ってくれる?」
「あ、当たり前やん!」
「ずっとだよ?」
「そんなんで俺とおってくれるんやったらなんぼでも守ったるわ!」
「…ありがとう」

名前がそう言うと、侑は手を繋いだまま教室に向かって歩き出す。

「侑くん」
「ん?」
「あの…手…」
「ええやろ。ちょっとだけやから」
「…仕方ないなあ」

そう言って名前はあきれたような顔で笑う。

「代表決定戦、頑張ってね」
「おん。次は優勝見せたるから期待して待っとれ!」
「うん!北さんたちとできる、最後のバレーだもんね」

侑は名前を見て「そういえば、北さんの話はなんだったん?」と聞いた。

「侑くんも気にしてることだと思う」
「…俺らのことか!?」
「違います」

名前がジト目で侑を見ると「冗談やん。サムのことやろ?」と真面目な顔をして言った。

「うん。治くんのこと心配で、教室での様子を聞きたかったみたい」
「そういうことか」
「…でも、北さんも、自分自身でどうにかしないといけないことだしなって言ってた」
「まあ、せやな。何に悩んどるんか知らんけど、なんか考えすぎとるんよな」
「侑くんも知らないんだね」
「知らん。まあ、ホンマにこのままやったらなんとかせんといかんから無理やりにでも聞き出すけどな!」
「ケンカはしないでね」
「せえへんわ!」

そんな話をしていると、あっという間に2年生の教室のある階に到着した。

「侑くん、手…」
「名残惜しいわ」

そう言いながらも素直に手を離す侑。

「…もう少しだけお待ちください」
「なんで敬語なん?」
「春高が終わったら、侑くんに伝えたいことがあります」
「…緊張しとると敬語になるタイプなんやな?」

侑はフッと笑うと「楽しみにしとる」と言った。



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