名前は、朝起きると鏡を見て「うわー…酷い顔…」と呟いた。
昨日は、気を抜くと涙が溢れ出てくるので、目を冷やしながら過ごしていたがそれでも少しだけ目が腫れていた。
携帯を見ると、及川、岩泉の3人グループに連絡が入っていた。
『今日の決勝戦、見に行くか?』
『どっちが勝ってもムカつくから行かないよ!』
『それはそうだ』
『名前ちゃんも行かないでしょ?』
受信時間を見ると、5分前。
名前は急いでメッセージを入れる。
「私は、最後に見届けようと思ってるよ」
名前が連絡を入れると、すぐに既読がつき、及川から返信が来る。
『なんでよ!!』
『名前ちゃんは家でゆっくりしてなさい!』
『どうせ、目が腫れてて大変なことになってるでしょ!』
そんな及川からのメッセージを見て「…バレてる」と、名前は苦笑した。
名前は及川に適当なスタンプを返すと、朝ごはんを食べるために1階に降りる。
「おはよう、お母さん」
「おはよう。どこか出かけるの?」
「うん。決勝戦見に行ってくる」
「そっか」
「目、大丈夫かな?」
「そんなに腫れてないから大丈夫よ。気になるならメガネかけていったら?」
「ん、大丈夫」
名前がバス停でバスを待っていると「おう」と声をかけられた。
「一」
振り返ると、そこには岩泉がいた。
「一も行く?」
「行く」
「なんだかんだ気になるよね」
「まあな」
「今から行っても、もう試合終わってるかも」
名前は、腕時計を岩泉に見せる。
「別にいいんだよ。俺は、最後、どっちが勝つか気になるだけだからな」
「そっか」
岩泉は名前の顔をジッと見ると、目元に手を添える。
「…やっぱ少し腫れてんな」
「ん、たくさん泣いたからね」
「だな」
バスが来て、名前と岩泉はバスに乗り込んで、一番後ろの空いている席に座る。
「徹も来ればよかったのにね」
「あいつも行ってんだろ。むしろ早起きして、いつも通り走って、そんで試合開始に間に合うように行ってんだろ」
「確かに。及川徹はそういう人間だよね」
そう言って2人で笑う。
2人が仙台市体育館に到着するころには、烏野高校対白鳥沢学園の試合は終盤に差し掛かっていた。
「のんびりしていたらあっという間に第5セットだね」
「丁度いいじゃねえか」
岩泉はそう言うと、周りを見渡す。
「どっかに及川いんだろ」
「どこにいるかな」
名前はコートの中を見る。
ファイナルセット、14対14のデュースで、牛島のスパイクを西谷が辛うじてレシーブする。
それを東峰がカバーし、西谷が白鳥沢コートに返す。
「粘るねー烏野」
「返すだけになってっけどな。根性あんな」
烏野は必死にブロックに跳ぶが、牛島のスパイクが決まる。
「ナイスキィー牛島!」
「牛島!」
「あーと1点!あーと1点!」
白鳥沢の牛島コールと、あと1点コールが会場内に響き渡る。
コートにいる烏野の選手たちには重たい空気が流れていた。
「下を向くんじゃねえええええ!!!」
「!?」
烏野の烏養は、ベンチから立ち上がると大きな声で叫んだ。
「バレーは!!!常に上を向くスポーツだ!」
そんな烏養の言葉に、烏野の選手たちに笑顔が戻る。
「かっこいいねぇ、烏養監督」
「おまえそれ及川の前で言ってみろ。浮気だーって騒がれんぞ」
「そう?」
「あいつは嫉妬深いからな」
「ふーん」
そう言って前を歩く岩泉の背中を見ながら、名前は意味深に相槌を打つ。
コートの中では、ケガをした月島がベンチに戻って来ていて、烏野側はさらに雰囲気が良くなっていた。
逆に、白鳥沢側、特に白布は嫌そうな顔をしていた。
「ふふふ」
「あ?」
「白布くんのあの顔よ!月島くん、ねちねちブロックで頑張ってたもんね」
テレビ中継を見ていた名前は、月島の完璧なブロックを思い出して嬉しそうに笑った。
そんな名前を見て、岩泉はあきれた顔をした。
「白布とも仲直りしてやれよ」
「あっちが謝ってきたら考えてやらなくもない!」
「こういうとこは、ホント及川に似て意地っ張りだよな」
「やめて!徹と一緒にしないで!」
15対15になり、選手交替で月島がコートに戻る。
東峰のサーブを大平がレシーブし、白布が牛島にトスを上げた。
それに反応した月島が、ブロックをしてワンタッチを取る。
「あ、及川発見」
「本当だ」
岩泉は、観覧席の一番後ろで椅子の上に体育座りをしながら試合を見ている及川を見つけると後ろから声をかける。
「…何だおまえいたのかよ。どっちが勝ってもむかつくから行かねーつってたろ」
「岩ちゃん!?それに名前まで!?なんで2人が一緒にいるのさ!」
「一緒に見に来たからね」
「俺も誘ってよ!」
「行かねーっつったろ!」
及川は「どっちが勝ってもどっちかの負けっ面は拝めるからね!」と言った。
「うんこ野郎だな」
「悠長にイジけてらんないんだよ」
そう言うと、及川はコートの中で牛島相手にワンタッチを取っている月島を見る。
「どうしちゃったんだよあの眼鏡くんは。最初の練習試合の時は、ちょっと賢いのっぽくらいに思ったのにサ」
及川の隣に名前が座り、岩泉がその隣に座る。
「バレーにハマったんじゃない?いいことだよ。月島くん、前よりもバレーが楽しそう」
月島は、ブロードを仕掛けるが影山のトスは田中に上がり、スパイクが決まる。
「ブ、ブレーイク!!!」
烏野がブレイクし、16対15で烏野のマッチポイントを迎える。
「ほんっと雑食だな烏野。眼鏡のブロードなんて初めて見たぞ。囮だけど」
「俺たちは、完成度の高い時間差攻撃を易々と捨てられないし、白鳥沢は個人の強さを極めるスタイルを曲げない。それで今、強豪と呼ばれてるわけだしね」
「そうね」
「でも、多分烏野には”守るべきスタイル”なんて無いんだ。”強豪”って言われてた時代にはあったかもね。だから、新しいことに手を伸ばすことに躊躇が無い。あの奇跡みたいな神業速攻でさえすぐに捨てて新しくしてきた」
「あれは驚いたよね」
「古く堅実な白鳥沢、新しく無茶な烏野。どっちが勝ってもむかつくからどっちも負けろ」
「うんこ野郎だな」
及川のセリフに、岩泉がツッコむと「岩ちゃんそればっかり!」と及川が言う。
「うるせえ、黙って見てろ」
「酷い!!」
「というか、徹。あんたその眼鏡何?」
「オシャレ!いいでしょー及川さんは何でも似合っちゃうからね!」
及川の言葉を無視して、名前はじっと及川のことを見つめる。
「…名前?」
「…嘘つくならもう少しましな嘘ついたら?目、そんなに腫れてないから大丈夫だよ」
「!!」
及川は、名前の言葉に驚いた顔をしたが、すぐに両手で顔を隠すと「も〜…名前にはバレバレじゃん…」と言った。
「そういう名前だって、少し目腫れてるじゃん…」
及川は指の間から名前のことを見る。
「お揃いだね」
名前がそう言うと、及川は名前のことを抱きしめて「へっへーん!お揃いだって!どうだ岩ちゃん!」と岩泉に言う。
「全然うらやましくねえ。黙って試合見ろこのうんこ野郎!」
「ハイハイ!てかそのうんこ野郎てのやめてくれる!?」
「”クソ野郎”とどっちが良いか選べ」
「じゃあうんこかな!!!」
白鳥沢の2回目のタイムアウトが終わり、試合が再開される。
再開後のサーブは、お互いアウトの判定になる。
そのまま試合は点を獲ったり獲られたりを繰り返し、日向のスパイクを天童が止めて18対18になる。
「…いつもより静かじゃねぇか、烏野の10番」
「…考えてんだ」
「?」
「ファイナルセットのデュースっていう崖っぷちで、どシャット食らって、凹んでる隙さえ無く次の手を考えてる。気持ち悪いね」
「日向くんも、成長したね。烏野は1年生の成長が目覚ましいなー」
「そうだね」
20対19、烏野リードのまま試合が進む。
「西谷くんは、本当にレシーブが上手だね」
「だね。次、リベロは不在になるけど烏野にとって、多分一番攻撃力の強いローテだ」
「前に東峰くん、澤村くん、月島くんで、後ろに田中くんと日向くんだもんね」
「ただ逆に、一番守備が危ういローテでもある」
「眼鏡に頑張ってもらうしかないな」
「…ここで獲らないと烏野はしんどいだろうね」
日向がサーブを打った後、影山が「日向、位置代われ!」と日向の腕をつかんで守備位置を入れ替わる。
「飛雄くん」
「…ふーん」
白布は川西にトスを上げるが、月島がワンタッチを取る。
「ワンタッチ!」
「チャンスボオオォール!!!」
田中がカバーし、影山は日向にトスを上げる。
日向のバックアタックは川西のブロックに当たり、牛島がそれに反応してボールを上げる。
「!」
「白布」
「ストレートを!!」
牛島のストレートにスパイクを打つが日向が辛うじて体でレシーブする。
「!!」
「影山ラスト!!日向ダイジョブかっ」
「アイッ」
「入ってる!」
返ってきたボールを白布は牛島にトスを上げる。
「牛島さん!」
「フォロー!!」
「止めます」
「!」
月島は今までブロックで開けていたストレートを閉め、牛島のスパイクを止めにいく動きを見せる。
「おお、月島くんすごいね」
「これは捕まえたかな?」
しかし、牛島は体勢を崩しながらもクロスの方向へスパイクを打つ。
「!」
影山がなんとか拾うがボールは外に弾き出される。
「わっ」
しかし、弾き出されたボールに澤村が追いつき、レシーブを上げると東峰がスパイクをする。
ブロックに当たって返ってきたボールを、田中が何とか繋ぎ、影山がボールの落下地点に入る。
「10番来るぞ!!」
川西は「!?」と驚いた顔でコートを見る。
「日向くん飛び出さない?」
「!」
烏野はスパイカー5人全員が同時に攻撃に入り、影山は日向にトスを上げた。
日向のバックアタックが決まり、セットカウント3対2で烏野高校が勝利した。